原田マハ『異邦人(いりびと)』―新境地の力作長編
2015年02月25日 公開 2015年05月14日 更新
「いままでが“白マハ”なら、これは“黒マハ”です」――月刊文庫『文蔵』で始まった『異邦人(いりびと)』の連載第一回をいただいたときに添えられていた、原田マハ先生の言葉です。確かに拝読してびっくり。これまでの原田先生の作品と違う! ひと言でいえば「ダーク」。これまでの原田先生の作品に登場していた、明るく前向きに、困難な状況を打開する人物の姿はありませんでした。小説家として、確固たる地位を着実に築きつつあるなかでも、そこに安住することなく常に挑戦し、新しい扉を開こうとするパワフルな姿勢に、感嘆したことを覚えています。
そうした姿勢は、『異邦人(いりびと)』の主人公・菜穂にも投影されています。口がきけない若き女性画家の手による一枚の日本画に、京都で出会った彼女は、美に対するパワフルな行動力で、新しい扉を開いていくのです。物語では、美に魅せられ、取り込まれていく人々の「業」が、京都の移ろいゆく四季を背景に描かれていきます。
この京都という街の光と影も、展開する人間ドラマに彩りを加えています。
関西で大学時代を過ごされた原田先生にとって京都は、「さして遠い存在ではないが、かといって特に親しいわけではない。しいていえば、ときおり会話はするものの、こちらが一方的に憧れを寄せる美しい大人の女性のような街」とのこと。
京都は観光地として、一見、門戸が開かれているように感じますが、余所者にはなかなか扉を開かない一面を持っています。
作品の執筆に際し、原田先生と京都に何度も取材に行きましたが、余所者である我々は、表面的な取材しかできないのではないかと危惧していました。しかし、不思議なことに、いざ取材を始めると、訪れる先々で「それなら、この人を」と、いろいろな方を紹介してもらえ、本来なら会えない人、入れない場所を取材することができました。
原田先生のパワフルな行動力と情熱が、“開かずの扉”を開いていったのです。
西洋画を扱った『楽園のカンヴァス』(新潮文庫)、『ジュヴェルニーの食卓』(集英社)などとは違い、日本画をテーマに“黒マハ”が存分に楽しめる新境地の本作を、ぜひ、応援していただければ幸いです。原田先生の情熱が注ぎ込まれた『異邦人(いりびと)』が、次にどんな扉を開くのか、いまからワクワクしています。