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なぜ中国はいつまでも近代国家になれないのか?



2016年01月11日 公開

石 平 《拓殖大学客員教授》

中国の近代化を妨げる中華思想

なぜ中国はいつまでも近代国家になれないのか実は大村教授のノーベル賞は、日米中3人の科学者の受賞で、中国人科学者も一人、受賞を果たしている。屠呦呦(と・ゆうゆう)氏という女性科学者が中華人民共和国民として初めて自然科学分野のノーベル賞、ノーベル医学・生理学賞を受賞したのである。

中国本土で研究活動する中国人の自然科学分野ノーベル賞の初受賞は、当然、中国国内では大ニュースとして取り上げられ、国中が興奮と喜びのムードに包まれた。しかしそのとき、この祝賀ムードの中でも一つ、普通の日本人の感覚からすればいかにも異様な光景が広がっていたのである。

それは、中国国内のメディアと各界の「識者」たちは歩調を合わせて、屠呦呦氏の受賞を単なる一人の優れた科学者の業績としてではなく、むしろ「わが偉大なる中華民族の誇り」として、「わが偉大なる中華民族」の優秀さの証明として大きく喧噪している点である。そのときの中国各メデイアの熱狂的な報道合戦においては、屠呦呦という個人名より「中華民族」という抽象名詞のほうがあちこちで飛び交ってもてはやされていた。あたかも、屠呦呦というノーベル受賞者を出したことで「中華民族」はすでに世界の頂点に立って輝いているかのような雰囲気である。

一人のノーベル賞受賞者を出しただけで、それほど執拗な「中華民族賛美」を展開しているところは、実は、大半の中国人が抱く屈折した深層心理の表れである。要するに、心の中では自分たちの属する「中華民族」こそがこの地球上でもっとも優秀な民族だと思い込みながらも、それにたいする確信を持てない中国人たちは、自分たちのこの思い込みを肯定するような出来事の一つでも起これば、あたかも神からの宣託が下されたかのようにいっせいにそれに飛びつくのである。彼らは実に、「中華民族が一番優秀」であることの確信を何よりも渇望しているのである。

そして、それほどまでに「中華民族の優秀さ」を信じ込みたいという彼らの深層心理の背後にあるのはやはり、先祖代々から中国人の血に受け継がれてきている「中華思想」である。5千年以上の悠久なる歴史を持つ中華民族こそが世界の頂点に立つ最優秀民族であり、中華民族の生み出す中華文明こそは世界文明の最高峰であるという認識こそがこの「中華思想」の真髄たるものであり、中国人自身が古来から現代に至るまで心の中に持つ揺るぎない信念なのである。

もちろん、このような信念は単なる中国人自身の妄想であることは言うまでもない。確かに中国人はその長い歴史の中で素晴らしい文明と文化を築き上げ、それをもって日本を含めたアジア世界に大きな影響を与えたことは事実であろう。しかしだからと言って、「中華文明が世界最高の文明・中国人民は最も優秀な民族」といった考えが正当化されるわけではない。自分たちの国を「世界の中心と頂点」とするこの中華思想は所詮、中国人自身が抱く壮大なる自己陶酔なのである。

しかし問題は、このような頑固なる妄想が、実は、中国という国の近代化を阻止する大きな妨げとなっていることである。日本の場合、黒船の来航と共に西洋文明が大波のように「襲来」したことに対して、当時の日本人が維新運動を起こして政治体制の刷新を成し遂げた。その直後から、「文明開化」のスローガンの下で虚心坦懐に西洋の近代文明を迅速かつ全面的に導入して日本の近代化と富国強兵を計った。その結果、日本はアジアで率先して立派な近代国家となったことは周知のとおりである。

しかし中国の場合、西洋文明の「襲来」への対応は全然違っていた。大英帝国がアヘン戦争を起こして清王朝時代の中華帝国を完膚なきまで打ち破ったのは1840年だったが、その20数年後の1860年代になってから、西洋の軍事力の強さを認識した中国がやっと重い腰を挙げて西洋の技術を取り入れて「強兵」を計るための「洋務運動」を始めた。しかしそのときでも、中国のエリートたちは依然として中華文明こそが世界最高の文明だと思い込んでいた。彼らは西洋の軍事技術をやむを得ず吸収しなければならないこととなったが、西洋の文明全般を導入する気持ちはさらさらなかった。

そして、さらに40年近く経った19世紀の末になって、一部の中国人がやっと、西洋文明の中の軍事技術だけを摘み食いしても中国が強くなれないことに気がつき、西洋をモデルにして中国伝統の政治制度や教育制度を刷新するための「変法運動」を始めた。しかしこの「変法運動」も結局、「中華こそが世界一」だと信じて疑わない「守旧派」の抵抗に遭って失敗に終わった。

「変法運動」が失敗してから、古い体制のままの清王朝がなお10年以上の余命を保ったが、1911年に中国版の近代革命の辛亥革命が起こり、その翌年の1912年に清王朝は潰れ、中国史上初めての共和国である中華民国が樹立された。つまりアヘン戦争から71年後にして中国という国はやっと、日本でいう明治政府の成立と同じような起点に立った。日本では1853年の黒船の来航から1868年の明治政府成立まで、15年であったが、中国ではそのために費やした時間はなんと71年であった。そして中国版の「維新運動」である辛亥革命がやっと成功したとき、日本はすでに君主立憲の近代国家となって世界の先進国の仲間入りを果たしている。

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著者紹介

石 平(せき・へい)

評論家

1962年、中国四川省生まれ。北京大学哲学部卒。1988年来日、神戸大学大学院文化学研究科博士課程修了。民間研究機関を経て、評論活動に入る。著書『なぜ中国から離れると日本はうまくいくのか』(PHP新書)が第23回山本七平賞を受賞。

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