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経営の達人は居合いの達人だった…セブン&アイホールディングス・伊藤雅俊名誉会長

櫛原吉男(マネジメント誌『衆知』編集主幹)

2016年03月10日 公開 2024年12月16日 更新

経営の達人は居合いの達人だった…セブン&アイホールディングス・伊藤雅俊名誉会長

セブン&アイホールディングスの商品アドバイザーをしているおおやかずこさんから、「櫛原さん、イトーヨーカドーの伊藤名誉会長にお会いになりませんか」とお誘いをいただいた。イオンの岡田名誉会長にお会いして以来、日本の流通業の2大巨頭のもう一人、伊藤名誉会長にも、是非、お会いしたいと思っていた。(最近、私が「会いたいと思う人に、不思議に会える」ようになった)

「ほんとうですか。お会いできるものなら、是非お会いしたい」とご返事した。

 そんなことで、おおやさんと、S食品メーカーのS社長とご子息と私の4人で、四谷の本社にお伺いした。

S食品メーカーのS社長がお土産でお持ちしたD百貨店の特選ギフト商品の高級ジャムに、伊藤名誉会長は強い関心を示された。そして驚いたことに、我々の目前で包装紙を破り、中身を取り出した。試験管のような容器にジャムが入っていた。流石、S食品メーカーの容器はシャレていると内心思った。そして、早速、スプーンでジャムを試食し始めた。

これにはさらに驚いた。

「味はいいね。ところで、この容器の単価はいくらなの?」と突然尋ねてきた。

「○○円です」S社長も緊張していたのか、即答した。

そして続けて「このキャップの単価はいくらなの?」とたたみ掛けるように質問を続けた。しかし、緊張しているS社長は、これにも躊躇せず「○円です」と正直に答えていた。

ところが、伊藤名誉会長は「高いな。イトーヨーカドーに入れてもらうにはもっと安くしてもらわないと」と言われた。内心、キャップの単価まで聞くか。イトーヨーカドーの名誉会長が! と思った。

それから、ジャムの話の製造方法など突っ込んだ話が続いた。私は、またお会いできる機会があるだろうと軽い気持ちで会話を聞いていた。

帰り際、そのことをおおやさんに話すと、「もし単価を即答できなかったら、『経営者失格』と伊藤名誉会長と思われますよ」といいわれた。それに、伊藤名誉会長は関心がない人には、5分と時間を取られることもないと言われた。

翌日、公開経営指導協会の喜多村理事長にお目にかかった。喜多村理事長は、若い頃、イトーヨーカドーのバイヤーをされていたので、伊藤名誉会長とのやり取りをお話した。

「櫛原さん、イトーヨーカドーのバイヤーなら何銭まで聞きますよ!」

「何銭まで聞く必要があるのですか?」

「今、セブンイレブンで一番売れているアイテムをご存知ですか? 」

「そうですねータバコ、いや、牛乳ですかね」

「いえ、おにぎりです。一店舗200個売れています」

「そうですか」相手の意図がわからなかった。

「いいですか、櫛原さん。全国にセブンイレブンの店舗が1万4千店あるとして、1日280万個、おにぎりが売れるわけです。1カ月で8400万個。1年で10億800万個売れるのです」

「なるほど」数字の大きさに圧倒された。

「1個1円でも、10億800万円の差になるのです」「なるほど」納得せざるを得なかった。金額を聞いて、やっと喜多村理事長の言っている意味が理解できた。

「それだけじゃダメです。容器と原価を聞いて、ロットを類推できなればイトーヨーカドーのバイヤー失格です」

「なるほど」私などはなから失格なわけだ。

 世の中で、一番進化したのは「携帯電話」(今ならスマホ)と「コンビニ」だろう。しかし、セブンイレブンはさらなる進化を遂げている。つまり昔懐かしい「御用聞き」になろうとしている。高齢者の多い地方では、宅配事業を始めている。地域になくてはならないお店になろうとしている。それだけでなく、クリスマスケーキやおせち料理の予約も受け付けている。どこまで進化を続けるのだろう。

 トップのあくなき探究心がある限り、今後も進化し続けるだろう。

 余談だが、伊藤名誉会長のお机のうえに本と雑誌が山積みになっていた。その中にPHPの月刊誌『Voice』 が見えた。-伊藤名誉会長は、『Voice』を愛読してくれているのかと嬉しくなった。帰り際、他にどんな本を読まれているか興味があり、近づいて、書名を確認した。驚くなかれ、すべてPHPの本であった。不思議に思って、おおやさんに尋ねた。

「櫛原さんは甘いですよ。伊藤名誉会長は、櫛原さんにお会いになるということでPHPの雑誌・単行本に目に通されていたのですよ」

経営の達人は、居合いの達人でもあったのか。折角のチャンスを生かせないまま終ってしまった凡人の愚かさを知った。

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