ミスター外交・薮中三十二が教える グローバル人材になるためのロジック力
2016年05月19日 公開 2016年05月25日 更新
PHP新書『世界に負けない日本―国家と日本人が今なすべきこと』より
「微笑と言い訳」だけでは世界に屈してしまう
ロジックは世界共通語
「ロジックをもって話をすべし」と若者に口を酸っぱくして話しかけるが、「先生、それって、論理的に話すってことですか?」と聞かれる。これに対して、私の方からは、「たしかに訳すと、論理的に話す、となるけど、日本では馴染みのない言葉だよね。日本語にすると理屈っぽい話となり、日本社会では敬遠される。ところがグローバルな世界では、ロジックは不可欠であり、あえて言えば、ロジックをもって話す、になってしまうのだよね」と説明する。
ロジックというのは、世界共通語のようなものである。異なる文化、異なる社会の人々が話し合う時、共通の理解に達するためには世界共通語が必要であり、ここでいうロジックは、ものの考え方としての共通語である。「自分が、なぜ、このことを主張するかといえば、それは、かくかくしかじかの理由があるからだ」ということを説明しなくてはいけない。日本の中では不要なことが多い。そんな理屈っぽい、面倒臭い話し方はやめろよ、ということになる。それは日本という同質性の高い社会のなかでの会話だからである。
異なる文化の混在したグローバル社会では、こうした面倒臭い話し方が不可欠である。よく、アメリカ人と中国人は意外と話が通じる、と言われることがある。それはどちらも異なる人種や文化の混在した社会であり、そこでは、ロジックをもった話し方が普段からなされているからではないかと思う。
日中関係について中国の要人が話す内容を例にとると、「1)日中間には4つの基本文書がある。その精神に従って行動しなくてはいけない。2)その場合、お互いの立場の相違は認めつつ、相手の立場を尊重し、共通の利益を拡大する方向で進むべきである。3)とりわけ内政干渉は慎むべきである。4)対立ではなく、協調の精神で臨まなくてはいけない」といった話から必ずスタートする。日本からすれば、どうでもいいようなことを延々と話すものだとじれったくなることも多いが、中国サイドからすれば、原則重視であり、その背後にはロジックを大事にする傾向がある。
そして「中国は平和を志向する」と常に平和を強調する。南シナ海において攻撃的な姿勢で島の埋め立て工事をしても、自分たちの行動は平和原則に則っている、と強弁する。
アメリカ人は単刀直入に話すと思われるかもしれないが、彼らもロジックをとても大事にする。アメリカは人種のるつぼといわれるが、まさに人種も文化も異なる多くの人口を抱えており、そこでは共通の言葉としてロジックのある語りかけが不可欠となる。
アメリカ人はディベートが大好きで、大統領選挙でも討論会が選挙の流れを決する大きな舞台である。ここでも、ロジックのある発言が鍵となる。言いたい放題で、まったく行き当たりばったりの発言を繰り返しているようにみられるトランプ候補でも、それなりにロジックを大事にしている。例えば、「違法移民のメキシカンは追い出せ」という過激発言も一応はロジックのある発言である。鍵は「違法」な移民である。法律に反して入国したメキシカンだから、国外に追い出すのは当然となる。そこにアメリカ国民の気分としての反移民が加わり、パンチの効いた選挙メッセージとなる。
日本の主張にはロジックがなかった
日米経済摩擦が激しかった1990年頃の日米間のやり取りを振り返っても、アメリカ側のロジック重視の姿勢は貫かれていた。アメリカ側の対日批判は、「日本市場はオープンではない、不公正・不透明で、新規参入を妨げている」、というものであり、アメリカが日本に対し市場開放を求めるのは、日本市場がオープンでないためであり、日本が市場をオープンしないのであれば、アメリカも日本産品を排除せざるを得ない。アメリカが要求しているのは「公正で平等な競争機会」である、というものだった。まさにこれがアメリカ流のロジックだった。
これに対し、日本側の説明は往々にしてロジックを欠くものだった。
「日本の特殊性を理解してほしい。どうかご理解を」というのが日本側の反応でよく見られた応答だったが、これでは相手も納得しない。そうした説明を受け入れれば、アメリカ国内で交渉者が批判されるだけである。「なぜ、日本は市場を開放しないのだ?」という問いかけに「日本には特殊事情があるからだ」というのでは話にならない。
牛肉交渉の際には、日本は牛肉関税を引き下げ、もっと市場を開放すべし、という要求がなされた。この時、日本側からは、日本側の特殊事情として「日本人の胃腸は細いから無理だ」という説明がなされたことがあったが、この説明はまったくロジックがないとしてアメリカ側から猛反発を受けたものだった。
遠慮などせず、ロジック力で攻めること
日米間の構造協議においても、日本はロジックを使った主張が苦手だった。とりわけ、アメリカをロジック力で批判することに臆病だった。
当時のアメリカの構造問題といえば、アメリカの巨額の財政赤字であり、貯蓄不足だった。したがって、「アメリカは対日貿易赤字を問題にするが、これはおかしい。貿易不均衡を是正するには、アメリカが財政赤字の是正を図り、貯蓄不足を解消するなど、本格的取り組みを行うべきだ」といっ主張をロジック力をもって行うべきだったが、日本側ではそうした「攻め」の姿勢が弱かったのは反省すべきことだった。
アメリカに対してロジックで主張すべし、というのは本書において繰り返し強調するポイントである。アメリカには遠慮せず、ロジックをもって攻めることが必要である。
薮中三十二(やぶなか・みとじ)
1948年大阪府生まれ。大阪大学法学部中退。外務省入省。73年コーネル大学卒業。在韓国日本大使館二等書記官、在インドネシア日本大使館一等書記官、北米局第二課長、国際戦略問題研究所主任研究員(在英国)、ジュネーブ国際機関日本政府代表部公使、在シカゴ日本国総領事、アジア大洋州局長、外務審議官(経済・政治担当)、外務事務次官などを経て、現在、立命館大学特別招聘教授、大阪大学特任教授、野村総研顧問。また、グローバル人材を育成する私塾「薮中塾グローバル寺子屋」を主宰している。1989~90年、日米貿易摩擦の解消のための日米構造協議を担当。日米双方が国内の構造問題の是正を目指すことで合意。2003~04年には六カ国協議の日本代表を務め、中国の協力を取り付ける。08年の東シナ海油ガス田共同開発合意にも尽力。著書に『国家の命運』(新潮新書)、『日本の針路』(岩波書店)などがある。