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ビン・ラディン射殺でテロは減る

山形浩生(評論家兼業サラリーマン)

2011年08月01日 公開 2022年08月29日 更新

ビン・ラディン射殺でテロは減る

『インスパイア』と2ちゃんねる

 震災とその後の原発騒動にばかりかまけて、いささかタイミングを逸した感はあるものの、やはり時評コラムの誰かが触れておくべきだろう。アルカイダの首領ビン・ラディンが5月2日についに見つかって射殺された。その後、間もなくアルカイダ自身がビン・ラディンの死を認めて、ザワヒリを後継者として発表。報復宣言などを行なっている。

 アメリカがビン・ラディンを射殺することの是非についての議論は多少ある。それはアメリカの独善だとか、そんなことをしてもテロは止まないとか。アメリカの独善かどうかは、いまさら論じてもあまり意味はなさそうに思えるし、また9・11同時多発テロなどのインパクトを考えるとそれなりの必然性はあると思う。そしてぼくは、これが多少は世界的なテロの状況によい影響があるだろうと思っている。

 ぼくがアルカイダ、そしてビン・ラディンについてもっている知識は、もちろん英米メディアを中心とした情報源から得たものがほとんどだ。だからある程度の偏りをもっている可能性はあるが、基本的なところは間違いないと思う。ビン・ラディンはサウジアラビアの大ゼネコン財閥に生まれ、石油で潤っているだけでまともな産業も職もないサウジの環境のなか、自分の存在意義について悶々と不満を募らせる。そして熱心なイスラム教徒からだんだんと、イスラムの聖地からアメリカを追い出すべきだ、諸悪の根源はアメリカだという思想に走り、純粋なイスラムを求めてアフガニスタンの反ソ連ゲリラに参加はしてみる。

 だが甘やかされて育った戦闘経験もない頭でっかちなビン・ラディン一派は何の役にもたたず、たんにサウジのお金をアフガンに流すだけの存在となる。やがてだんだん、同じように自分の存在意義に不満をもつ頭でっかちの連中が増えるにしたがって、アルカイダは徐々に組織力を増し……。

 そこに参加する人びとは、ある意味で世界中どこにでもいる連中だ。アルカイダが出しているとされる、『インスパイア』なるジハードリクルート電子雑誌があって、執筆時点で5号まで出ている。正真性を疑問視する声もあるが、なかなか出来はいい。レイアウトやグラフィックはカッコいいが、中身はあまりレベルの高くないプロパガンダ雑誌だ。「さあ、今日からキミも聖戦士」「台所用品でできる爆弾」「アメリカの犯罪とイスラムの大義」……。その雰囲気は日本の2ちゃんねるの一部に似ている。なにやら日本は素晴らしいとわめきたてて、すべてを官僚やアメリカや中国や韓国のせいにする。無力感とエリート意識と被害妄想の塊を垂れ流す人びとがいる。アルカイダに参加したがる人もある意味でそれに近い。

もうテロのみが選択肢ではない

 それがビン・ラディンの死でどう変わるか? アルカイダは中心をもたない分散的な組織だから、ビン・ラディンを殺しても無駄だという意見もあった。だがビン・ラディンが、9・11同時多発テロなどでテロ志願者たちにわかりやすい核を与えていたのは事実で、それがなくなってアルカイダの求心力が下がるという見方は強いし、それ自体はぼくも正しいと思う。局地的なテロ集団の寄せ集めとなり、かつてのような世界的な動員力は薄れていきそうだ。

 ただぼくは、それ以上にアルカイダ的なテロ組織の魅力を減らす動きがあったと思う。それは(これまた最近忘れられがちな)北アフリカの各種騒乱のせいだ。かつては、政治的主張を通す方法はテロしかない、というアルカイダの主張はもっともらしかった。でもいまやチュニジア、エジプトなどで、それ以外の選択肢が現実性をもつことが示された。そうなったとき、アルカイダに魅力を感じていた人びとも、行動を変えるんじゃないか。

 むろん北アフリカ諸国も新しい方向性を出すのに苦労しているようだし、そのなかでイスラム原理主義的な勢力が強まるという懸念もある。一方でいまでもソマリアのアルカイダ地域には聖戦士志願者たちがたくさん訪れているという。そうした状況の進展次第では、またテロのみが選択肢だ、という人びとも増えるかもしれないのだけれど。でも、もし北アフリカの状況が少しはよい方向に動くなら、たぶんアルカイダのご威光はもっと弱まるんじゃないか。

 そうなると、状況はかなり変わるだろう。しばらく前まで、いつまでたってもビン・ラディンが捕まりそうになかったころに思っていたのは、彼がそのまま生き残りつつもいずれ誰にも相手にされなくなり、勇ましいビデオ声明を出し続けても嘲笑の対象にしかならなくなるという光景だった。かつての日本赤軍の生き残りたちのような時代の遺物として、いつまでも生き延びるんじゃないか、と。いま死んだビン・ラディンは、説いていたようなイスラム戦士の極楽に行けたのだろうか。

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