「すぐやる」ではなく、「そもそも」を考える
「残業を減らす」というと、会社の制度の問題だと思われがちだ。だが、本当に重要なのは働く個人の価値観であり、現場のリーダーである中間管理職の取り組み方こそが問われるテーマである。自らもサラリーマン時代に「残業ゼロ」改革を成し遂げた佐々木常夫氏に、働く個人としての心構えをうかがった。
残業は人生を左右する大きなテーマである
東レの課長時代に職場の働き方改革に取り組み、自分も部下も毎日18時には退社できる体制を作りあげた佐々木常夫氏。日本全体が「長時間労働こそサラリーマンの美徳」という価値観に染まっていた1980年代に「残業ゼロ」を成し遂げた、まさに時代の先駆者と言える。
だが、それから30年が経った今も、長時間労働が常態化している会社は多い。その本質的な原因は働く個人の意識にあると佐々木氏は指摘する。
「ある企業で働き方について講演したとき、私の話を聞いた男性が『私にとっては夜8時か9時まで働くのが適度な残業時間です』と発言しました。理由を聞くと、早く家に帰ってもやることはないし、妻にも『どうして早く帰ってきたの』と文句を言われるとのこと。これこそが残業が減らない本当の原因ですよ。いくら会社が残業削減のための制度を整えたところで、働く本人が『残業をしないことが自分にとってプラスになる』と思わなければ、何も変わるはずがありません。
働き方とは、すなわち生き方です。『自分はどのような人生を送りたいのか』を真剣に考えない限り、残業を減らす意味も理解できないでしょう」
残業は、人生に関わる重大なテーマである。それを象徴するエピソードを紹介してくれた。
「先日、『7つの習慣』の著者であるスティーブン・コヴィー氏と京セラ創業者の稲盛和夫氏が対談をされていました。そのとき、コヴィー氏はこう話したのです。『私は組織で成功し、家族で成功しました。私には子供が9人、孫が36人います。その1人ひとりと向き合い、相談に乗ったり助言を与えたりして、全員を立派な社会人に育て上げました。これは何より私が誇りとすること。私にとって、家族の成功が最も大事で、組織での成功はその次なのです』。これを聞いた稲盛氏は、『自分には3人の子供がいるが、進学や就職のことも、すべて妻に任せてきた』と驚いていました。
稲盛氏は創業者ですから、80代になった今も、京セラに行けば自分の机があります。でも、一般の会社員はどうでしょうか。定年を迎えたら、もはや会社に居場所はないはずです。そうなったとき、会社の仕事だけをしてきた人はどうなるか。妻が出かけるので一緒に行こうとしたら、『邪魔だから来ないで』と言われてしまう。地域のコミュニティともつながりはなく、学生時代の友人とも疎遠になっている。そこで初めて、自分には何もないことに気づくでしょう。
そんな人生にするのは、他でもない自分自身です。早く帰ると妻に文句を言われるのは、自分がそういう夫婦関係を作ってきたからですよ。家族と過ごすことに喜びや生き甲斐を見出していれば、『早く仕事を終えて家に帰りたい』と思うはずだし、妻や子供も早く帰ってくるのを喜ぶでしょう。
今の働き方が、いかに今後の人生を大きく左右するか。それを自覚しない限り、いくら会社が『残業を減らせ』と言っても、社員が変わらないのは当然です」