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英国の暴動と民主主義の限界

山形浩生(評論家兼業サラリーマン)

2011年09月19日 公開 2022年08月29日 更新

英国の暴動と民主主義の限界

暴徒化以上にショックだったこと

 これを書いている8月半ば時点ではもう一段落した感はあるものの、ロンドンに端を発してイギリス各地に飛び火した暴動は、それ自体がかなりの衝撃ではあった。昨年末から今年頭にかけての北アフリカ騒乱と同様に、人びとがそんなに不満を抱えているとは誰も思っていなかったからだ。

 警官による不当な死亡事件に抗議するデモが、たちまちのうちに暴徒化し、さらには火事場強盗の群れとなったこと、ことさらイデオロギー的な背景や動員もなく、なんとなく起こったこと、しかもその暴徒連中が、己の犯罪を嬉しげに携帯カメラで撮影してユーチューブで自慢するようなバカ揃いだったこと。これはどれも驚きだったし、それが他の都市に飛び火するというのも首を傾げるような現象だった。たんに退屈していたバカなガキどもが浮かれて、後先考えずに騒いだだけという説もあるけれど、それが話のすべてとはとても信じられない。

 が、そうした個別の暴徒化とその急速な波及以上に、ぼくが個人的に少しショックだったことがある。イギリスの暴動で『ル・モンド』紙(仏)が指摘したのは、それがとくに人種や所得階層の混合した地域で多く起きているということだった。だが、ぼくが学んできた世界の教義では、それは考えにくいことのはずなのだ。

 いちおうぼくは民主主義教育を受けてきたので、所得や人種などで居住地が露骨に分かれるような状態はよくないと教わってきた。同じような人ばかりが集まる均質な場所は、人びとの分断と価値観画一化と対立を招き、社会を不安定化させるのだ、といわれた。さまざまな属性の人が交じって暮らすことで、相互理解と協力が進み、多様性がもたらされ、それが社会の堅牢性を高めてくれるのだ、と。

 これは検証された事実というよりは、信念だ。でもたしかに都市計画分野では、均質すぎたニュータウン開発の弊害はよく指摘される。均質な地区の人びとは属性の違う人びとに不寛容となるとされ、また均質であるがゆえに些細なことで嫉妬と反目を募らせてしまうのだ、という。

 そんな考え方もあって、特定の属性をもつ住民を意図的に排除するのは禁止されている。放っておいても属性別の棲み分けは自然に起きてしまう。それは物件価格による選別もあるし(お金がなければ高級住宅街には住めない)、差別的な意図がなくても、少数派にはなりたくないと人びとが思うだけで自然に棲み分けは生じてしまう。それをなるべく抑え、多様化を促進するのがよいのだ、とされていた。

棲み分けを本気で考える必要も?

 その常識からすると、人種や所得が混成の地域に暴動が集中したりしないはずだった。でも、実際には起きてしまった。

 むろん暴動の原因なんて多様だし、混合地区なら起きるというような簡単なものではない。そうした地区に共通する他の要素だってあるだろう。さっき触れたような、退屈したバカなガキがたまたまたくさんいた、というような。さらにはまったく関係ない偶然だという可能性だってある。これはまだまだきちんと調べる必要があることだ。

 でも多様性が暴動を止めてくれなかったことは事実。相互理解や寛容性は育たなかった。均質な地区の人びとが、細かい違いについて嫉妬し合うなら、混合地区の人びとはもう少し大きな違いについて、嫉妬をたぎらせていたらしい。もしそうなら、民主主義的な発想に従った多様性のある住宅地区には、じつはあまり御利益がなかったということだ。むしろ、放っておけば分離するものを無理に混成させたことで、かえって余計なエネルギーと社会的費用をかけただけ、ということにもなってしまう。

 そんなことはない、という人もいる。混合地区は、べつに何も起きないがために頑健なのではない、むしろこうしたトラブルが頻発するのが常態なのだ、と。ただそれを人びとが解決しようと努力するなかで、協力や理解が生じ、そうしたトラブルや紛争の費用を上回る便益が社会全体にもたらされるのだ、と。

 ぼくもそう信じたいところではある。だが暴動の実態を知るにつれ、ほんとうにこの犠牲からいいことが生まれるんだろうか、と思わずにはいられないのだ。ハックスレー『すばらしき新世界』では、労働者層は「いやあ、おれたち何も考えずに給料もらえて最高、頭使うヤツってバカね」と思ってて、頭使う連中は「ププッ、頭使わない労働者連中って無知でだせー」と思ってて、お互い自分がいいと思って平和に棲み分けしている。これは当然ながら管理社会批判の戯画化なんだが、案外こうした戯画をまじめに考える必要があるのかもしれない。棲み分けを本気で考えたほうがいいんじゃないか。ときどきそう思うことがあるのだ。

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