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北朝鮮問題──中国の「レジーム・チェンジ」で在韓米軍が撤退する?

津上俊哉(中国経済評論家)

2017年09月10日 公開 2017年09月12日 更新

中国がレジーム・チェンジに踏み切る条件

中国が「現体制の斬首」といった究極の決断に踏み切ることがあるとすれば、北朝鮮の核・ミサイル開発が、何としてでも避けなければならないような事態をもたらす場合だ。例えば、韓国や日本が北朝鮮のミサイル実験で実害を受けたり、北朝鮮がミサイルに搭載した核弾頭の大気圏外爆発実験を行ったりして、これに刺激された日本や韓国が核武装に向かうといった事態は、それに近い状況かもしれない。

現体制に代わる新体制のあり方が、中国として受け入れ可能なものになる見通しが立つことも重要な必要条件になるだろう。例えば「事態」後の朝鮮半島が完全に非核化されることは必須だろう。

見当が付かなくて頭を抱えることになりそうなのは、新体制の構築の仕方だ。金正男も暗殺されてしまった今、金正恩を抹殺したり放逐したりすれば、後は民主選挙で新体制を決めるのか? それは今の中国共産党にとって「冗談も休み休み言え」な話だろう。そうする訳にいかないなら、金正恩を南北朝鮮連邦新国家の大統領くらいに据えてやらないといけないのか……これはどれだけ考えても解答が得られそうにない。中国がレジーム・チェンジに踏み切れない最後の障碍になるだろう。
 

在韓米軍撤退?

もう一つ、中国がレジーム・チェンジに踏み切るための重大な必要条件がある。米韓相互防衛条約や在韓米軍の取り扱いである。私がいちばん不安に思うのはこの点だ。核弾頭を搭載した北のICBMは、悪くするとトランプの任期中にも実用段階に至る見込みらしいが、米本土を核攻撃されるリスクが増大していくと、トランプが追い詰められた心理になって「中国に武力行使を懇願する」ことはないだろうか。

中国が究極の決断として応諾する場合は、疑いなく「事態収拾後の在韓米軍の撤収」を要求するだろう。そのとき、「アメリカ・ファースト」のトランプが「米本土が核攻撃を受けるリスクが解消できるのならば」とばかり、その要求をのむ可能性はないだろうか。

そう言うと「さすがにそれは妄想だ」と笑われるかもしれない。しかし、私がワシントンに滞在していた2017年3月、米国外交専門誌『フォーリン・ポリシー』に米シンクタンク、カーネギー国際平和基金のマイケル・スウェイン研究員の手になる論文「米中両国は『一つの韓国』政策を必要としている」が載った。

北の核問題を根本的に解決するためには、中国によるこれまでとは異次元の関与が必要だが、「米国が同盟国である韓国主導の統一を画策して中国の利益を脅かすのではないか」という不安・不信感が障碍となっている、この根本の障碍を取り除かないかぎり、いくら制裁を強化しても、アメを提供しても北の核問題は解決しないので、中米両国は「統一された、中立(non-aligned)の朝鮮半島」を未来像として共有すべきであり、そのために米国は在韓米軍を撤収する用意をすべき、といった主張が骨子の論文である。

この論文を読んで目が醒めたことには感謝しなければならない。「北朝鮮問題の解決」のためには、在韓米軍撤収、米韓相互防衛条約解消といった決断も必要になる……米国にはそういうことを論文に公然と書く専門家がいる。そんな論者を一人見つけたら、背後には「同感だ」と思う識者が数十人いると思った方が良い。

もちろんトランプ政権の安保・外交を主導するマティス国防長官やマクマスター補佐官ら軍人中心の主流派が、そんな提案に軽々に乗るはずはない。しかし、この提案に乗らなければ、事態はじりじり悪化の一途を辿るだけだろう。「北朝鮮問題には出口がない」……これまでみな感じてきたことだが、中国が本気になるなら話は別だ。そして、「中国を本気にさせるには在韓米軍問題で取引することが必要条件の一つになる」……突き放して考えると、それは事実だと私は思う。

一方で、論文の他の論旨には怒りを覚えた。在韓米軍という対抗力が撤収すれば、朝鮮半島は「中立(non-aligned)」の状態にはならず、中国の衛星国と化すことは火を見るより明らかだ。この論者はそんなことも見通せない愚か者なのか、いやそうではなく、不都合な真実は見ぬふりをしているのだろうと感じた。

「在韓米軍撤退」……そうなるかもしれないが、日本にとっては国の安全保障の基本的前提条件の大転換になる。1世紀ちょっと前には、「朝鮮半島が清朝やロシアの支配下に入るのは、国の安全保障上許容できない」として、2度にわたって戦争をしたくらいなのだから。

日本も米国も北の核・ミサイル問題については、毎度「中国の努力を求める」とお経を唱えてきた。しかし、その先に待ち構える事態を少し真剣に考えると、そう唱えて「事足れり」とする「思考停止」は止めなければならない。スウェイン氏のような論文が出るところを見ると、トランプの米国では「お経を唱えて事足れり」のモードが変わりつつあるのかもしれないが、そんな談合が米中両国の間だけで内密に進められたら、日本はたまったものではない。

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