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お客様を幸せにしたい! 理念が強い現場をつくる~田村潤・キリンビール元副社長

マネジメント誌「衆知」

2018年09月05日 公開 2018年10月17日 更新

理念、ビジョンの共有で、行動が劇的に変わった

田村潤 キリンビール高知支店でこうした「自分で考えるセールス」の実践に取り組み続けていた間も、アサヒビールの勢いは依然として盛んで、販売量が伸び続けていました。そしてついに一九九六年九月、高知県内でのシェアトップの座を明け渡してしまいます。努力に対して業績がなかなか追いついてこないことから、高知支店には徒労感や挫折感が漂い始めていました。

でも私には、別の思いもありました。現場を回って出会ったお客様から、自分が思ってもいなかった“キリンビールの価値”に気づかされていたからです。

「子供の頃、親が楽しそうにキリンビールを飲んでいたのを思い出す」「会社で嫌なことがあっても、キリンビールを飲むと、明日も頑張ろうと思えた」

そんな声をたくさん聞かせていただきました。

キリンビールはそれほどまでに飲む人に元気や勇気を与え、世の中の役に立っているのか――。私はこの時初めて、自分たちの働く意味と、美味しいビールをつくってお客様に喜んでもらうというキリンビールの企業理念を、心の底から実感したのです。

私たちは「美味しいビールで高知の人を幸せにする」という理念を実現するために存在している。では、この理念を果たすためには、どのような状態をつくり出せばよいのか……。

そこで描き出したのが、「どこに行ってもキリンビールがある状態にする」というビジョンでした。お客様は、ただのビールではなく、今一番売れているビールを飲みたい。だったら、高知ではキリンビールがどこにでもあって、1番目立っているという状況をつくり出せばいいのだ、と。

これはもちろん、とんでもなくハードルの高い目標です。他のビールメーカーも鎬を削る中で、その状況をつくり出すわけですから。

しかし、このビジョンを実現することが高知の人々を幸せにする。そして、それが自分たちの働く意味だということは、はっきりしている。であれば、競合が何社あろうが関係ない。「流通の方や消費者にしっかり情報を伝え、どこでもキリンが目立つ状況をつくる」という戦略しかない。それには、それぞれのメンバーが、お客様との関係を強化するための戦術をみずから考えて実践すればいい。そう考えたのです。

その思いを支店内で共有できた時、メンバーの行動が劇的に変わりました。「本社のキャンペーン施策を利用して売り場をつくっていこう」「この場所にPOP(商品をPRする販促資材)をつければ、キリンのブランドメッセージがよく伝わるはず」。そんな様々な工夫が出てきたのです。それまではキャンペーン施策をこなすことが目的になっていましたが、施策を手段として使いこなすという動きになりました。

広告戦略もまた変わりました。自分たちのこだわりや商品のよさをPRするメーカー本位の広告ではなく、高知のお客様が喜ぶお客様本位の広告を打とう、と。

そこで考案したのが、「高知が、いちばん。」という広告でした。実は、高知県は瓶の「キリンラガービール」の成人一人あたりの消費量が全国1位なのです。“いちばん”であることを喜び、感謝の思いを伝えることで、高知県の皆さんが「これは自分に向けられた広告だ」と思ってくだされば、もっとキリンビールに関心を持ってくれると考えました。

こうした「伝える活動」をし始めた頃からです。現場で数字の話が一切出なくなったのは。目指す目標は数字の達成ではなく、高知の人を幸せにすることだという意識に完全に切り替わっていました。

1996年、97年を通じて「自分で考えるセールス」の実践に取り組んだ効果は次第に現れ、97年に高知支店の飲食店開拓数は四国全支店中トップになっていました。

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