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邪馬台国の場所に新説!? 古代史の真相に肉薄した一人の天才科学者



2018年12月07日 公開

荒俣勝利(文藝春秋)

魏志倭人伝に示された距離の単位「里」を推定

まず「魏志倭人伝」に書かれている邪馬台国への通過地点をまとめよう。

帯方郡 → 狗邪韓国 → 對海国 → 一大国 → 末盧国 → 伊都国 → 奴国 → 不弥国 → 投馬国 → 邪馬台国

上記の中で、帯方郡はいまだ詳細な場所は比定されていないが、現在のソウル市近辺とする意見が大勢を占めている。狗邪韓国は金官伽耶の前身と考えられており、現在の韓国慶尚南道金海市周辺でほぼ間違いなさそうである。

對海国と一大国はそれぞれ対馬と壱岐、末盧国は多少の異論はあるが唐津近辺でほぼ確定である。

ここまでの行程を「魏志倭人伝」では以下のように記述している。

帯方郡から狗邪韓国 水行七千余里
狗邪韓国から對海国 一海渡千余里
對海国から一大国 一海渡千余里
一大国から末盧国 一海渡千余里

帯方郡の位置がはっきりしないので水行七千余里は棚上げにし、以下の行程を現在の地名に当てはめてみる。

釜山(狗邪韓国)から対馬(對海国) 104キロメートル
対馬(對海国)から壱岐(一大国) 64キロメートル
壱岐(一大国)から唐津(末盧国) 41キロメートル

「魏志倭人伝」でいずれも「一海渡千余里」とされている距離には実はかなりのばらつきがあることがわかる。

中田氏はこの距離のばらつきについて、「この時代すでに正確な測量技術を持ち合わせていたと考えられる中国でも、大きく揺れる船の上での距離計測の技術までは持ち合わせていなかったことが理解される」と解釈する。

また、現在の中国で採用されている「里」の単位は一里が500メートルだが、その数値で変換すると千余里は500キロメートルとなり、測量の誤差としてはあまりに大きすぎる。当時の「里」の単位が現在のものとは違うと考えるべきである。

中田氏は古田武彦氏、谷本茂氏らの学説および「魏志倭人伝」に記載された対馬と壱岐の大きさ(それぞれ「方四百余里ばかり」「方三百里ばかり」)から計算し、一里を60メートルとして議論を進める。
 

「伊都国は博多」の定説に疑問 衛星画像から推定する伊都国の位置

末盧国以降の行程は以下のように記されている。

末盧国から伊都国 東南陸行五百里にして、伊都国へ到る。
伊都国から奴国 東南奴国に至る百里。
奴国から不弥国 東行不弥国に至る百里。

現在、伊都国は福岡県糸島市、もしくは福岡市西区(旧怡土郡)、奴国は博多付近に比定されることが常識となっているが、中田氏はこれに異論を唱える。

奴国が博多に比定されるのは、志賀島から出土した金印に「漢委奴國王」と記されていたことが大きく影響している。つまり博多付近に奴国と呼ばれる国があったことはほぼ確実なので、「魏志倭人伝」の奴国も博多であるとの思い込みが生じたに過ぎないのだ。

中田氏は「博多の奴国が『魏志倭人伝』の奴国であるとの結論が先にあってからの理論展開は意味がなく、もし自然科学でそのような議論が許されていたなら、太陽は今でも地球の周りを回っていることになる」と指摘する。

また、伊都国が糸島市もしくは福岡市西区であり、奴国が博多であった場合、わざわざ「陸行」する意味がわからない。

糸島市も博多も海岸沿いだから、これまで通り「水行」すればすむ話で、わざわざ船を降りて「陸行」するからには、伊都国が「陸行」でなければ行けないか、もしくは「陸行」した方が有利な場所にあることを示唆するのではないか。

もう一つ重要なのは、糸島市や博多では「魏志倭人伝」の記述と方角が違う点だ。すでに高度な天文学知識を持っていた中国からの一行が、限りなく北東に近い東を東南と記述するはずがない。

それでは伊都国は一体どこにあったのか? 「魏志倭人伝」の記述に従えば、唐津(末盧国)から東南に30キロメートルの地点にあったはずだ。

中田氏は衛星画像を眺めながら、伊都国への道筋に最も適合した経路を検索する。すぐに目についたのが、唐津から多久へ抜ける唐津街道と呼ばれる山道の存在だった。

唐津から30キロの地点はJR東多久駅を少し過ぎた辺りで、山道から平野へと抜ける寸前の、ちょっと開けた場所である。ちょうど天然の関所のような地形だ。じつは「魏志倭人伝」の中で、伊都国は関所のような機能を持った場所として記述されている。

東多久かたら小城へ向けて山道を抜けると広大な佐賀平野へと到る。そこに奴国と不弥国があった。中田氏は詳細な場所まで特定しているが、ここでは割愛させていただき、先を急ごう。

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辿り着いたのは従来の諸説を覆す場所 >



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