なぜダ・ヴィンチは数学に熱中したのか? 歴史に見る数学と美術の関係
2019年02月07日 公開
「3つのトーラス Three tori」(部分、瑞慶山香佳作)
<<「数学画家」と聞いて、どんな絵を書く画家をイメージするだろうか? 瑞慶山香佳(ずけやま・よしか)さんが絵画作品としてモチーフとする数学。だが、数学をいかにして絵にするのだろうか?
実は数式が表すのはグラフだけではなく、多種多様であり、立体的であり、予想を超えるような造形をも生み出す。瑞慶山さんは、その数式が生み出す"かたち"を描き出す「数式デッサン」を提唱している。
数学と美術、一見遠く見えるこの2つの距離は、何も現代になって結び付けられたのではなく、その歴史はルネサンス期にまで遡る。
瑞慶山氏の著書『数学デッサン教室』では、歴史における数学と美術の密接な関係を記している。本稿ではその一節を紹介する。>>
※本稿は瑞慶山香佳著『数学デッサン教室 ― 描いて楽しむ数学のかたち』(技術評論社刊)より、一部抜粋・編集したものです。
数式を絵として描き出す「数学デッサン」
"数学デッサン"という言葉は、初めて目にする方がほとんどかもしれません。それもそのはず、"数学デッサン"とは私が造った言葉です。
言葉の意味は、文字通り"数学"を描く対象(モチーフ)として"デッサンを描く"こと、あるいはその作品を指します。数学には様々なかたちが登場します。
数学デッサンでは、それらのかたちを3Dグラフアプリなどで再現し、鉛筆や絵具を使ってデッサンを描きます。私が数学デッサンを描き始めたとき、どのような作品なのか一言でわかりやすいようにと考えて、この言葉を造りました。
美術家ダ・ヴィンチが熱心に数学を研究した理由
ここで少しだけ数学と美術の関係について触れてみます。
数学と美術は一見全く関係のない分野に見えますが、それぞれの歴史を紐解いてみるとときに互いに影響を受けながら発展してきたことがわかります。
特に、ルネサンス期は数学と美術の距離がとても近い時代でした。
ルネサンス期の三人の美術家、ピエロ・デラ・フランチェスカ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、アルブレヒト・デューラーは、熱心に数学の研究を行っていたことでも知られています。
ルネサンス期の美術家たちと数学を結びつけたのは透視図法でした。透視図法とは"消失点"という点を絵の中に設定し、その点を基準にして立体的にかたちを描く方法です。
それぞれの消失点の数から、一点透視図法、二点透視図法、三点透視図法の3種類があり、現在でも絵を描く技法として使われることがあります。
それまでは平面的にかたちを描いていた美術家たちにとって、目で見たままのように立体的にかたちを描くことができる透視図法の発明は、かたちそのものの本質を掴みたいと願う彼らの熱意の結晶でもあったことでしょう。
この透視図法に関わるものとして、数学、特に多面体が盛んに研究されていたと考えられます。デューラーの多面体の部分でも少し触れましたが、多面体の研究はルネサンス期には大変重要なものとして扱われていました。
透視図法に夢中になった美術家パオロ・ウッチェロが描いたトーラスのような多面体には、数学的にかたちを捉えていた様子が伺えます。
ルネサンス期には、数多くの美術家が数多くの複雑でユニークな多面体の図を描いており、多面体研究に対する当時の熱狂ぶりが伺えます。
また、美術家の工房に弟子入りしていた数学者もいました。
数学者フラ・ルカ・パチョーリは、ルネサンス期の美術家ピエロ・デラ・フランチェスカの工房で数学を学んでいた時期がありました。
パチョーリは後にピエロ・デラ・フランチェスカのもとで学んだ遠近法についての本を残しています。
パチョーリは、レオナルド・ダ・ヴィンチやアルブレヒト・デューラーとも交流があったといわれており、ダ・ヴィンチやデューラーはもしかしたらパチョーリの数学の影響を受けていたかもしれません。このように、ルネサンス期は特に数学と美術が近い時代でした。