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大和ハウス工業 「創業者精神」と「夢」の継承を経営の柱に……

樋口武男・松下正幸 「志」対談

2019年04月26日 公開 2019年04月26日 更新

創業者・石橋信夫と松下幸之助との共通点

樋口 私は、石橋は松下幸之助さんを尊敬していたと感じています。幸之助さんにお会いした時のことを、非常に嬉しそうな顔で話してくれましたから。
それと、石橋から直接こんな話を聞いたことがあります。ある知人から「幸之助さんに会いたい」と懇願されたことがあったそうです。石橋は「話を聞いてもわからんから、やめとけ」と答えても、ねだられて結局連れていった。石橋と幸之助さんの面談の後に、その人に「全部わかったか」と聞くと「ところどころわからないところがありました」と答えたらしく、「だからやめとけと言ったんだ!」と言ったそうです(笑)。おそらく、2人の間でしか通じない、禅問答のようなやりとりが会話の中にあったのではないでしょうか。

松下 確かに幸之助の話は、使う言葉は平易ですが、聞き手の経験や度量の大きさで、理解できることが異なるようです。私なども、幸之助の著書は全部目を通しておりますが、若い頃と今とでは、読んだ時の感触が違うのです。石橋創業者様と幸之助の間には、経営者としてみずからが苦労をして、様々な経験を積んだからこそわかる話が交わされたのでしょうね。
ところで樋口会長は石橋創業者様から多くのことを学ばれたと思いますが、その中でもご自身が特に印象深く思われたのは、どのようなことでしょうか。

樋口 まず、石橋は徹底した現場主義者だったということです。みずから現場を見に行く人でした。ですから、「いい物件がある」という報告があっても、まず「見てきたんか」と返される。見ていないとなると、「見てもいないのに、いいか悪いかわかるか」となる。そればかりか、その土地に行くだけでなく、周辺の環境も全部見てきたかと問い質すのです。

松下 徹底的に現場主義を貫かれたのですね。幸之助も現場を大切にする人間でした。大卒の新入社員が入ると、まず販売店さんで実習をさせ、工場のラインも体験させました。幸之助自身は身体が強くなかったのですが、それでもできる限りいろいろな現場に出向くようにしていたようです。

樋口 自分の目で見て、自分の手足で確認する。幸之助さんと石橋は、共通項がたくさんあるように思いますね。

松下 運に対する考え方はいかがでしょう。幸之助は、運というものを非常に大事にしたところがありました。

樋口 それも共通していますね。石橋も「わしは運がよかったからここまで来られた」と言っていました。

松下 幸之助は、うまくいった時は運のおかげで、失敗した時は自分のせいという考え方を大事にしたようです。そうすると、より努力をしようという気になるし、謙虚さも身につくでしょう。
それから、人を採用する時に「どんな点を見て採用するのか」と聞かれて、「運の強い人を選ぶ」と答えたといいます。ですから、自分の運だけでなく、他人の運も非常に大事にしていたようですね。

樋口 石橋もそうでした。「運の強い人、運のいい人とつき合いなさい。運の悪い人とつき合うと、運を取られるぞ」と言っていました。
実際、人生にとって運というものは大きな影響力があると私は思います。懸命に努力する。しかしその後のことは、運の良し悪しによるところが大きいと思うのです。よい人と出会えるかどうかなんて、自分の努力だけでは何ともしがたいところがありますからね。
そう考えると、私は今日まで本当に運がいいというか、よい人と出会えてきた。多くの人に助けてもらい、たくさんのものを与えてもらった。そう思っています。
私には、おやじさんといえる尊敬できる方が3人います。実の父親、創業者の石橋信夫、そして福岡の支店長時代に仕事ですごくお世話になった方です。その方は「自分の資産を全部預けるから、独立して事業をしたらどうですか」と私にすすめてくれたほど、かわいがってくれました。その話は辞退させてもらいましたが、こうした出会いは、もう、運としか言いようがない。私はとても幸運な人生を歩ませてもらっていると思うのです。
先ほども申し上げましたが、私は親孝行こそが、運気を培ってくれる一番のものだと考えています。私自身、父親と母親への感謝の念も絶えず持ち続けているつもりです。仏壇の向かい側にある遺影に朝晩、挨拶を欠かさないようにしています。

松下 樋口会長のそうした感謝の姿勢が、これまで幸運を引き寄せてきたのではないでしょうか。その人の心の持ち方次第で、さらによい運を呼び込むということがあるのだと思います。
そういえば、感謝の念を示す際、幸之助は必ず膝も少し曲げるようにして深々とお辞儀をしていました。私は大阪の船場商人がそうであったのではと想像するのですが。
パナソニックやPHP研究所では、今でも、お客様をお見送りする時は、お客様の姿が見えなくなるまで、車で来られた方は車が見えなくなるまで、じっとお見送りをすることを徹底しています。
形だけではなく全身全霊を込めて、その姿が見えなくなるまで感謝の気持ちを持ってお見送りをしてほしいと常に言っております。

樋口 そういえば、石橋も、膝頭を抱えるというか、本当に膝頭を拝むような礼をしていましたね。
 

樋口武男(ひぐち・たけお)
大和ハウス工業代表取締役会長兼CEO。1938年兵庫県生まれ。’61年関西学院大学法学部卒業後、商社に勤務。’63年大和ハウス工業入社、山口支店長、福岡支店長などを経て、’84年取締役就任。’93年にグループ会社の大和団地社長に就任し、再建を果たす。2001年大和ハウス工業社長、’04年会長に就任。著書に『熱湯経営』(文春新書)など多数。

松下正幸(まつした・まさゆき)
パナソニック副会長、PHP研究所会長。1945年生まれ。’68年慶應義塾大学経済学部卒。’68年松下電器産業入社後、海外留学。’96年に同社副社長就任。2000年から副会長。関西経済連合会の副会長を務める一方で、サッカーJリーグのガンバ大阪の取締役(非常勤)を務めるなど、文化・教育・スポーツの分野にも貢献する。

※本記事は、マネジメント誌「衆知」2018年11・12月号(特集「最強の現場力」)より、一部を抜粋編集したものです。

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