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SPI開発者の「26年前の本」が再び脚光を浴びる理由

2019年06月06日 公開

大沢武志(元リクルート専務取締役)

 

矛盾に満ちた不合理な存在としての人間

人間をあるがままにとらえる、言いかえれば、人間の情緒性を重視するということは何を意味するのだろうか。人間を合理的存在として、理にかなった尺度や枠組みで律しようとすると、必ずおさまりきれないある種不純物がどこかに吹き出してくる。これが生きものとしての人間の真実の姿である。

たとえば、人びとの働くモティベーションを説明するのに、D・マグレガー(D.McGregor)によって提唱された有名なX―Y理論という考え方がある。

人間は本来怠け者で、できることなら仕事という苦役から逃れたいものという前提に立つのがX理論である。これに対し、そうではなくて、人間は本来仕事を好み、自ら挑戦し責任をとることも辞さないという仮説がY理論である。

マグレガーは旧来のマネジメントでは、経営者は前者のX理論の人間観を前提に働く人たちを扱ってきたとして、その誤謬を鋭く指摘し、いわば性善説としてのY理論を高らかに主張した。この考え方は多くの企業経営者の共感を呼び、経営の世界にある種のロマンチシズムをひろめることになった。

しかし、人間をあるがままにとらえる考え方に立つと、この仮説はどちらが正しくて、どちらかが間違っているというような性質のものとは言えなくなってくるのである。

一人の人間をとらえても、自分のなかに高い目標に挑戦し、国難な課題にも積極的にとりくむ意欲溢れるときがあるかと思えば、一方ではできる限り煩わしいことは避けて、楽をしようとする明らかに怠け者の自分を見出すこともできるはずである。

状況によって、相手によって、あるいは気分によって、いずれかの自分が顔を出し、もう一方の自分がかくれているというのが現実であろう。

また、X理論か、Y理論かは、個人によって前者の範疇に近い人から、後者の考え方に当てはまる人まで違いがあるというのも事実であろう。要するにどちらが正しいとか、間違いであるとか、単純に答を出せないのが人間という存在なのではないか。

それにタテマエとホンネという次元の問題もある。

人間の行動理解は、タテマエでは真実に近づき難いという性質がある。企業経営の世界で後を絶たない不祥事を例にとれば、たとえば総会屋に裏金を渡すなどという行為は、タテマエの世界では経営者は決して口にしないという絶対的な真理がある。

しかし、一方、こうした事実は決して無くならないというホンネの世界の厳然たる真理もこれまた否定すべくもない。大事なのはホンネの世界から目をそらさずに事実をありのままにとらえ、人間が現実にどう行動しているかを知ることであろう。

表のマネジメントだけではなく、裏のマネジメントに眼を開くこと、いわば不合理と不条理に満ちた人間、矛盾に満ちた組織の現実をありのままに理解しようとするところに心理学的経営を論ずる意味があるといえよう。



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