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なぜ北京の空気は綺麗になったか

山形浩生(評論家兼業サラリーマン)

2010年12月27日 公開 2022年12月21日 更新

山形浩生

バイクがすべて電動車に

 久しぶりに北京に出かけて、空港の新ターミナルや地下鉄をはじめとする交通インフラが大幅に改善されていることに感心させられたが(これはまあ当然で、前回訪問したのがオリンピック前だったのだ)、もう一つ驚いたのは、空気が信じられないくらい綺麗になっていることだった。オリンピック前の北京の空気は異様にほこりっぽくて排気ガスまみれで、こんなところでマラソンしたら選手の健康にかかわる、といった話が真剣に交わされ、IOC(国際オリンピック委員会)からも指摘を受けていた。むろん中国は、近くの工場を無理やり操業停止させたりするなど、付け焼き刃の空気改善を試みてなんとか乗り切ったとは聞いていたんだが、どうせオリンピックが終わったらすぐに元に戻るだろうと思っていたのに、その気配がまったくない。

 理由はさまざまで、おそらく地下鉄の整備や環状道路の整備などで交通が以前よりはるかに流れるようになったこと、工場の郊外移転を継続して進めたことなどが相乗的に影響しているんだろう。そうした要因の一つと思われることとして、バイクがすべて電動車──つまり電動バイク──になっていたことがある。

 今回、3日ほどウロウロしただけなのであまり断定的なことはいえないが、普通のバイクはほとんど見かけなかった。そしてそこらにけっこう、露天のバイク修理屋もあり、パンク修理とバッテリー交換なんかもやっている。充電ステーションもあちこち見かけて、もう完全に普及している。日本の電動アシスト自転車のような、無駄な技術まで動員してあくまで自転車の範疇にとどまっているものだけでなく、かなり大型のものも平気で走っているし、それで荷台を引いてみたりと、けっこうヘビーな用途にまで投入されている。

 一時これが日本にも入ってきて、安い電動自転車としてネット通販などでかなり販売されたが、ナンバーがないと違法だといわれてすぐにつぶされた。で、日本のバイクの売上げがピークから激減というニュースが流れたが、バイクメーカーはとくに新しい分野に出ようとするわけでもなかった。一方の中国では、すでにけっこうメーカーもあって、2000年代前半からかなりの製造実績を積んでいるようだ。いまからではもう中国に追いつけないかも。

まともな産業政策とは規制緩和である

 この量産ノウハウが電気自動車にも影響しないわけがない。一方で欧米や日本では、電気自動車の実用化に向けての動きが盛んだけれど、まだ実証実験やパイロットプロジェクトレベルだ。

 でも中国はすでに、電動バイクをとっかかりに、いずれ電気自動車にも使えるような技術──これは製造だけでなく町場の修理屋の技術も含む──が実用レベルで蓄積され、そして規模的には小さくても充電ステーションのネットワークもできつつある。いずれ電気自動車(中国はこの開発もけっこう熱心だ)が普及するとき、これは大きな差になるんじゃないか。

 日本のメディアでは、中国はコピーだ技術泥棒だといって慢心するのが流行りだ。でも、コピーにだってかなりの能力は必要だ。それにこういうのをみると、中国は独自の分野でも着々と実力をつけてきているのがわかる。これが意図的な産業政策の結果なのか、それとも規制がまったくなかったために、すきま産業的に伸びただけなのかはまだ調べ切れていない。でも日本に電動バイクが入ってきたときにすぐにつぶされたような、へんな規制がなかったのは明らかだ。何か重点分野を選んで補助金をつけるのが産業政策だと思っている人も多いが、まともな産業政策とは規制緩和(あるいは規制しないこと)である場合のほうが多い。電動バイクの事例はそれを地でいくようになっているらしい。

 それ以外にも、789芸術地区では国営工場周辺の倉庫や宿舎を適当にアーティストや画廊に貸し与え、お金をかけずにうまく芸術テーマの地区をつくりだしている。そしてその周辺にファッションやデザイン分野の地区をつくることで、文化政策と産業政策と都市計画の相乗効果を狙ってそれなりの成功をみせている。これについては他のところで書いたのでここでは詳しく触れないけれど、世界のいろんな芸術文化の発展した事例をきちんと調べ、その教訓をうまく採り入れていることがわかる。

 へんに立派な美術館だのホールだのをつくるだけが文化政策じゃない。文化なんて、何が次に化けるかなんてわかるわけがない。だから何をしてもいいところを安く提供して(ある程度)好き勝手にやらせる自由放任がいちばんいいのだ。むろん、中国のすべてがよいわけじゃない。でも彼らのこうした優れたところは、素直に認めるべきだろう。日本もこういう戦略的な動きができないものか。

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