「誰かがきっとやってくれる」 その「誰か」って誰?
結局、作文を読んで失敗するという経験がトラウマになり、それから何もアクションを起こさないままに時は過ぎていった。
「誰かがきっとやってくれる」
自分の中ではそんな言い訳ができ上がっていた。中学生の私なんかが何かやらなくても、政治家とかえらい人とか、お金をたくさん持っているオトナが何かしてくれるんじゃないか。そのほうがよっぽど早く、問題は解決する。そう自分に言い聞かせていた。
しかし、なんの因果か私は毎朝毎晩、必ず「新今宮駅」を通らなくてはならない。否が応でも、駅のプラットフォームに立つと、ホームレスの人たちの姿が目に入ってきてしまう。
夏の暑い日には、「こんなに暑いけど、熱中症になってへんかな」と道端で寝ている人が気にかかるし、冬の寒い日には、「この寒いなか路上で寝て大丈夫なんかな」と、ボロボロの服を着たホームレスの人を見るたびに心の奥がぎゅっと締め付けられた。
炊き出しに参加するまで、まるで「ホームレス」という人種がいるかのようにひとくくりにしてきたけれど、いつの間にか、私の中でホームレスの人たちが、近所にいるおっちゃんのように感じられていた。
身なりはボロボロだし、中には臭いのきつい人もいるけれど、でも、自分の父親とも年齢だってそう変わらないし、道案内してくれた優しいおっちゃんだっていた。
質問したら丁寧に答えてくれたおっちゃんだっていた。だから、寒そうな様子を見たときに、かつては他人事だったその状況が、自分事になったとまでは言わないけど、「友達事」のようには感じられた。
しかし結局、何もできないまま、でも、心に何かが引っかかったまま約1年が過ぎた。
そんなある日、ひとりのおっちゃんが駅の改札を出たところの階段に座り込んでいるのが目に入った。
「あ、あのおっちゃんや!」
偶然にも、私が炊き出しでコートを渡そうか悩んだおっちゃんがいたのだ。ひと目でそのおっちゃんだとわかった。なぜなら、1年前とまったく同じ、ボロボロの、もはや布きれと化した服を着ていたからだ。
「あれ、何も変わっていない……」
誰かがきっとやってくれる。誰かがやったほうがうまくいく。そう自分に何度も言い訳をして、見て見ぬふりをして1年を過ごしてきたが、状況は何も変わっていなかった。
駅のプラットフォームから見えるホームレスの人のテントは1年経っても変わっていないし、襲撃事件が減ったかというとそういうわけでもない。誰かがきっとやってくれると思っていても、何も変わらないんだと気づいた。
――じゃあもし、今、自分が何かしたら?
――何もしないよりは、襲撃事件を少しは減らすことができるんじゃないかな?
そう思えた。少なくとも、今よりはマシになるんじゃないか。大きな変化は起こせないかもしれない。でも、ほんのちょっとでいいから、小さな変化でいいから、何かを変えることってできるんじゃないか。
思い込みかもしれない。自分に何かできるっていう勘違いかもしれない。それでもいい、そう思い込もうと思った。もう、指をくわえて見ているのは嫌だった。