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抱え込みがちな人が使う「大丈夫」という便利な言葉

2021年10月26日 公開

チョ・ユミ(作家)、訳:藤田麗子

チョ・ユミ(作家)
(イラスト:ファガユル)

誰にも悩み事を打ち明けられず全て自分で解決しようとしても、結局どうしようもなくなる...自身も悩みを周囲に打ち明けられずに「完璧な人」を目指していたと振り返るのは、人気エッセイストであるチョ・ユミ氏だ。SNSで絶大な人気を誇る同氏はエッセイ「ありのままでいい~自分以外の誰もが幸せに見える日に」にて、本当は助けて欲しいのに誰にも打ち明けられない人の心情を映している。

※本稿はチョ・ユミ 著、藤田麗子 訳『ありのままでいい~自分以外の誰もが幸せに見える日に』(PHP研究所)より一部抜粋・編集したものです。

 

他人を信用できない原因

ある夏、泊まったペンションの片隅に、白いスピッツがつながれていた。私は犬好きだけど、怖いと思う気持ちもある。動物はいつ攻撃してくるかわからないから、常に用心していなきゃいけないと思っていた。

でも、すごくかわいい犬だから近づいてみたくなって、一歩ずつゆっくりと、その子が驚かないように距離を縮めた。私が近寄っても犬は吠えなかった。吠えられたらすぐ引き返すつもりだったけれど、私をじっと見ているだけだ。しっぽを振っていないから、触るのはちょっと怖い。獰猛な目つきではないものの、私を警戒しているように感じられた。

名前は"ハル"。私はハルと15分ほど見つめ合ってから部屋に戻った。翌朝、自転車に乗ろうとしたら、ハルが目に入った。ちょうどオーナーのおじさんがいたから、ハルは人を噛むことはないのか聞いてみた。おじさんは「噛まないよ」と答えた。その瞬間、こんな質問をした自分が滑稽に思えた。

噛む犬と噛まない犬をはっきり区別することなんてできないし、飼い主を噛むこともないはず。答えのわかりきった質問をしてしまった。もしかしたら「これまでハルに噛まれたお客さんはいない」という意味だったかもしれないけど、私がその第一号になる可能性だってある。

相変わらず、私にとってハルは警戒の対象だった。自転車を止めて、ハルに近づいてみた。初対面じゃないから、今日はしっぽを振ってくれた。でも、私はそのしっぽを信じることができなかった。私の手を噛むために、おびき寄せようとしているんじゃないかと思った。

ハルと会話を続けた。「ハル、君をなでてみたいけど、噛まれそうで怖いよ。君は私を噛むかな?噛むつもりなら、先に教えてくれない?そしたら触ったりしないから……」ハルは私をぽかんと見つめた。

「怖いくせに触ろうとするなんて変だよね。そう思う気持ちはわかるけど、君がすごくかわいいからなでてみたくなったの」相変わらずハルはあっけにとられたように、私を見ているだけだった。

意思疎通なんてできないよね、と思いながら立ち上がると、履いていたサンダルがすべって、体が少し前のめりになった。幸いハルにぶつかることはなかったが、その気になれば私を噛むことができる距離まで近づいた。でも、ハルは「何してるの?」と言わんばかりの表情で私を見つめているだけだった。

そのとき、ハルへの信頼が芽生えたような気がする。左手を握りしめて、手の甲をハルの鼻先に近づけた。ゆっくり、とてもゆっくりと。するとハルは、クンクンと手のにおいを嗅いだ。私がこぶしをそっと開いて頭をなでようとすると、目を閉じて受け入れてくれた。ちょっと申し訳なかった。

ハルのしっぽは本心だったのかもしれない。私と早く仲良くなりたくて、全力でしっぽを振って自分の気持ちを表現していたのかもしれない。それなのに私はハルを信じることができなくて、私を噛もうとしているのかもしれないと疑ってしまった。

もしサンダルがすべってふらつかなかったら、おそらくハルと触れ合うことのないままペンションを去っていただろう。

私はそれまで人間関係で苦労するたびに「人の心が見えたら、どんなにいいだろう」と叶わない願いを抱いていた。心が見えれば、何もかも信じられそうだったから。でも、ハルに近づけなかった私はもし相手の心が見えたとしても結局、疑ってしまうような気がする。

私を騙すために、偽りの心を見せているんじゃないかと考えてしまうから。誠意をもって、相手の心を見ようとしていないくせに他の人の本心を見せてほしいと望むなんてそもそも身勝手なのかもしれない。見る側の心が素直じゃなかったら相手の心が見えたとしても、何の意味もない。

 

悩みを他人に打ち明けられない

つらい気持ちになることがある。そんなとき、私は誰にも頼らずに一人で乗り越えようとするタイプだ。恋人や友人、あるいはお酒の力を借りるのではなく、ひたすら自分で解決しようと努める。

いくら親しい仲でも、私が愚痴ばかり言っていたら相手は疲れてしまうはず。だから、明るい面だけを見せて、楽しい話だけをするようにした。誰かに「何か困ってることはない?」と聞かれたら、いつもこう答えた。

「うん、私は大丈夫」

"大丈夫"というのは便利な言葉だ。どんなに困難な状況に置かれていても、私が大丈夫だと答えれば、それ以上深く聞かれることはなかった。何が大丈夫なのか、どんなふうに大丈夫なのか、なぜ大丈夫なのかを気にする人はいない。

大丈夫だと言っているんだから大丈夫なんだろうな、ということになった。私もそれを望んでいたのかもしれない。わざわざ重い話題を持ち出して雰囲気を壊したくなかったから。だから、どんな場でも私はいつも笑っていた。空っぽの目と空っぽの心で。でも、帰宅後は違った。

つらい気持ちを思いきり吐き出して、一人で戦っていた。わんわん泣いたり、一日中ゲームをしたり、ひたすら眠ったり。日々のつらい出来事に耐えるために気持ちを引きしめた。はじめから一人で耐えていたわけじゃない。いつからか人と距離を置くようになった。

かつては、誰かに胸の内を明かしたり、しばらく頼ってみたりしたこともあった。でも、つらさを軽んじられたり、やっとの思いで打ち明けた悩みを言いふらされたりしたことが原因で、私は心の扉を閉ざした。その頃からだったと思う。一人のほうが気楽だと考え始めたのは...

一人になりたかったわけじゃない。デリカシーのない人々に傷つけられるよりは、孤独なほうがましだと思っただけ。でも本当は誰かに寄り添って、頼り、痛みを分かち合いたい――でも、そうすることができなくて、必死で気づかれないように隠してきた。自分の本心と向き合うのが怖かったから。

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