1. PHPオンライン
  2. 社会
  3. 大震災で浮き彫りとなった「国防の死角」

社会

大震災で浮き彫りとなった「国防の死角」

清谷信一(軍事ジャーナリスト/作家)

2012年02月23日 公開 2024年12月16日 更新

大震災で浮き彫りとなった「国防の死角」

東日本大震災で私たちは、巨大地震、津波、そして原子力発電所の事故という「有事」を経験しました。この大震災に際して、防衛省は陸・海・空三自衛隊から10万6,000名を動員。現場の部隊、個々の隊員たちは献身的に任務を遂行しました。

今回は多くのメディアが自衛隊の活躍をクローズアップしたこともあり、国民も自衛隊がどれほど頼りになる存在であるかを多くの人々は実感しました。

しかい、その「光」の反面、「影」があったことは報道されておらず、自衛隊を支える体制が整っておらず、装備の不足や人的な問題など、多くの欠点が露呈しました。

軍事ジャーナリストである清谷信一氏によれば、それは自衛隊の体制が「平時」を想定しており、戦時や、戦時に匹敵する大規模災害といった「有事」を想定していないことに起因すると言います。いざというときに国家・国民・国益を守るための緊急提言。

※本稿は、清谷信一著『国防の死角~わが国は「有事」を想定しているか』(PHP研究所)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

現場は、あれも足りない、これも足りない

今回の災害派遣では、実はまともな道路地図も渡されずに現場に出された部隊が少なくありませんでした。一部の部隊は機転をきかせて近所の書店で道路地図をかき集めて出動しましたが、圧倒的に地図が足りなかったようです。

地図も持たせずに部隊を作戦に出すというのは「軍隊」としていかがなものでしょうか。陸幕は平時から充分な数の道路地図を用意しておくべきで、常識以前の問題です。

現場では、懐中電灯や乾電池などの基本的な装備や資材も少なからず欠乏していました。中央即応連隊は他の部隊と異なり、特定の災害派遣の受け持ち地域がありません。ですから災害派遣用の装備を有していませんでしたが、災害派遣用の装備を支給されることなく前線に出されました。

災害派遣開始からかなり経って、これら不足の装備調達の予算が支給されたにもかかわらず、一部の師団では予算を師団司令部が握り込んで、各連隊や中隊に速やかに支給されないというケースもあったようです。現場の各部隊長に一定の現金を渡して、それで必要な資材を調達できるようにすべきです。このようなシステムは戦時でも有用でしょう。

これらの現場の情報は、市ヶ谷の防衛省や永田町の国会議員たちにあまり伝わっていませんでした。多くの意見具申が途中で店晒(たなざら)しにされ、あるいは握りつぶされました。とくに一佐、将補クラスがネガティブな情報を上に上げるのを嫌がったようです。上が喜ぶような情報だけを上げていれば、政府は判断ミスを犯します。悪い情報こそ上に上げるべきです。

先の戦争で負けた原因のひとつが、旧軍の情報軽視でした。自衛隊でも情報は軽視されています。陸自に情報科ができたのは 2010年度であり、空・海自にはいまだに情報科という兵科は存在しません。

情報を軽視し観念論や願望で組織を動かせば、必ず失敗します。それは先の戦争の戦訓だけでなく、多くの戦史が示すところです。

 

NBCRに対する備えの弱さ

今回メルトダウンを起こした福島第一原子力発電所の原子炉に対する偵察や作業には、陸自の中央特殊武器防護隊をはじめとする対 NBCR(核・生物・化学・放射線)部隊が投入されました。彼らは、NBCR状況に対してはすべて自分たち「専門家」だけで対処するのだ、という意識を強く持っており、他の兵科との協力をあまり考えていないようです。

ですが、想定される北朝鮮の核弾頭や、放射性物質を詰め込んだダーティポムを搭載した弾道ミサイルによる攻撃、特殊部隊などによる原子力発電所の破壊などのシナリオ、あるいは大規模なバイオハザードなどでは、航空隊や普通科、施設科など諸兵科、空自や海自との大規模な共同作戦が必要です。平たく言えば、「兵隊の数」が不可欠です。

たとえば、東京などの大都市でダーティポムが爆発したり、化学兵器が使用されるような事態が起きた場合、その地域から多くの住民を救助しなければなりません。その際には、対NBCシステムを装備した装甲車輌や、ヘリコプターなどが多数必要です。また普通科隊員にもヘリクルーにも防護服が必要不可欠です。

護衛艦も汚染地域で活動する必要があるでしょうし、空自の基地がダーティポムで攻撃されることもあるでしょう。このため、陸自だけではなく海・空自も含めて、一定数のNBCスーツや各種検知器、洗浄システムなどNBCR装備の備蓄が必要です。

今回の大震災でも、空自、海自とも放射能の汚染地域、あるいは汚染の恐れのある地域で活動しました。ですが海・空自には、そのような認識がいまだに薄いようです。

現実に、自衛隊にはNBCR用機材が決定的に不足しています。それが今回の福島原発事故で露呈しました。自衛隊は事故発生からわずか数日で米軍から1万着のNBCスーツの供給を受け、フランスの大手原子力企業アレバとフランス電力公社からも同様にNBCスーツ1万着の供給を受けました。その後、両国からさらに多くのNBCスーツが供与されました。

これは、自衛隊にはNBCスーツの備蓄が極めて少ない証左です。隊員10名に対して、NBCスーツは1セット程度しか行き渡らない程度です。NBCスーツは基本的に使い捨てになります(何度か洗濯できるものもありますが)。ですから1名に対して1セットしかなければ、継続した活動はできません。

いつ必要になるかわからないNBCスーツの量的な確保については各国とも頭を悩ましていますが、わが国の場合、今回のような自然災害による原発の破損だけではなく、北朝鮮の核兵器や放射性物質を搭載した弾道ミサイル、原子力発電所に対するゲリラや特殊部隊による攻撃が、ありうるシナリオとして想定されているわけですから、対NBCR装備の拡充は必要だったはずです。

また自衛隊では、固定翼機、回転翼機(ヘリコプター)を問わず、航空機搭乗員用のNBCスーツは存在しません。航空部隊の高級指揮官ですら、そのようなNBCスーツが存在すること自体を知らなかったことは、筆者にとっては大きな驚きでした。

当然、航空部隊はNBCR状況を想定した訓練をほとんどしてきませんでした。今回は地上用のNBCスーツを使ってミッションを行いましたが、かなり不便だったようです。

次のページ
クーラーがなく、夏場は活動できない化学防護車

アクセスランキングRanking

前のスライド 次のスライド
×