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"世界最後"の夫婦同姓の国、日本…それでも選択的夫婦別姓が達成されないワケ

中井治郎(社会学者)

2022年01月25日 公開 2024年12月16日 更新

 

「通称使用のままでよい」とはいかない理由

日本の夫婦同氏制については国連の女性差別撤廃委員会でも問題視されており、2003年の最初の勧告以降、09年、16年にも勧告が行われ、そして18年12月には日本側の報告に対し、さらなる行動に関する情報を求める見解が外務省に送られている。国連は、結婚後も旧姓を使用できるような法改正を日本に対して繰り返し求めているのだ。

それは日本の夫婦同氏制が実質的に女性に不利益を強いる制度として機能しているとみなされているからであり、そのことが1985年に日本が批准した「女性差別撤廃条約」に違反するからである。

ここまで国連が問題視している「改姓にともなう不利益」とは、どのようなものだろうか。まず、女性でも男性でも、とにかく改姓には名義変更の手間がかかる。行政での手続き、職場での手続き、いくつもの銀行口座に何枚ものクレジットカードなどなど。

多くの人は数十の手続きが必要になるといわれている。どれも「名前は変わっても中身は同じ人間であること」の証明が厳密に審査される手続きばかりであり、つまり改姓した人間はその厳密な審査に何十回も付き合わなくてはいけないのだ。

また近年、とくに結婚改姓について問題化されてきたのが「キャリアの分断」である。たとえば僕のような業種は研究者としての業績を看板にして仕事を得ている。しかし、もし途中で名前が変わってしまえば、旧姓の頃の業績と新姓での業績が同一人物の業績として把握されなくなるのだ。

具体的には、僕がいま名乗っている名前を「ググった」時に、僕の過去の仕事がちゃんとヒットしなくなる可能性がある。これは研究者にとっては死活問題だ。そのため研究者の業界では昔から、さまざまな不利益を強いられながらも事実婚を通すカップルも多かった。

さらに、さまざまな業種で終身雇用が望めなくなった現在では、活躍の場を移しながら自分の名前を看板としてキャリアを形成していく人が多くなっている。今後ますます、結婚改姓による困りごとに直面する人が増えることは間違いない。

「じゃあ、普段は通称で仕事をすればいいじゃないか」。そう思う人も多いだろう。かくいう僕自身も現在は通称で仕事をしており、「中井」という苗字は旧姓である。しかし、業務に旧姓(通称)の使用を認めていない企業も多い。その背景には、納税や社会保障などに関する手続きには戸籍名が必要といった事情があるといわれている。

また戸籍名で登録される国家資格に関わる職種では、旧姓での業務継続に困難があることも知られている。結局は国家が個人を厳密に把握する場面で戸籍名が必要なかぎり、場当たり的に通称使用の拡大を進めてもどこかで必ず不整合が出てきてしまうのだろう。

 

改姓の苦労は女性にも「意外と理解されない」!?

このような結婚に伴う改姓の苦労やコストを語る時、男性の無理解はよく話題に上がる。しかし、実際には女性の間でも「え?苗字変わっても、私はそんなに苦労しなかったよ」という声が上がることも珍しくない。

職業生命や家名の存続に関わるため、結婚改姓が人生の重大な障壁となって法律婚ができない人がいる一方、「苗字を変えても私は別に苦労しなかったけどな」と首をかしげる人もいる。どちらかが嘘をついているならば話は簡単だ。しかし厄介なことに、それぞれ実体験に則した真実なのである。

ここに結婚改姓をめぐる問題の「ややこしさ」があるといっていいだろう。この問題における当事者とは、法律婚が同氏制を採用しているかぎり、苗字を変える側も変えさせる側も含めた、日本のすべての人である。

しかし、その当事者たちに生の声を聞こうと思っても、改姓の苦労や負担、何を失うのかはそれぞれまったく異なるのである。あまりにもバラバラなのだ。

それゆえに、この問題を国民的議論の俎上に乗せることは容易ではないのである。それは2人で婚姻届を提出し、結婚した男女にとっても同じである。同じ書類にサインをして同じ食卓を挟んでいても、経験していることや感じていることはまったく違う。ああ、こうして今日もまた僕らはすれ違うのである。

 

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