極小から極大まで
昆虫は色も形もとりどりで、大きさについても、ほかの生きものとは比較にならないほどまちまちだ。たとえば世界最小のコバチ上科の昆虫は、幼虫期をほかの昆虫の卵の中で過ごす。ハワイに生息するコバチの一種は体長0.16ミリメートルで、肉眼では見ることもできない。現地ではポリネシア語で"小さな点"を意味する「キキキ・フナ」と呼ばれている。
コバチのなかまには、「ティンカーベラ・ナナ」というかわいい名前をもつものもいる。ティンカーベラは、もちろん『ピーターパン』に出てくる妖精ティンカーベルからだ。ナナは、 ギリシャ語でこびとを意味する「ナーノス」と、『ピーターパン』に登場する犬のナナの両方にかけられている。極端に小さい昆虫で、ヒトの髪の毛の先端にとまれるほどだ。
世界最大のほうは、何を基準に競うかによる。体長で競うなら、中国に生息するナナフシの一種であるフリガニストリア・キネンシスが勝者だ。体長62.4センチメートル。平均的なヒトの前腕より長い。
ただし、体の厚みはヒトの人さし指ほどもない。この種は昆虫学者ツァオ・リーが名づけた。リーはこの巨大ナナフシが中国南部の広西チワン族自治区に生息すると聞いてから、6年を捜索に費やしたという。
体重を基準にするなら、アフリカに生息するゴライアスオオツノハナムグリが勝者となる。幼虫でも100グラムあるものもいて、ツグミやウズラといった体の小さい鳥とほぼ変わらない。
名前は旧約聖書に登場する身長3メートル近い巨人ゴリアテからとられた。ゴリアテはイスラエルの民を恐怖におとしいれるが、結局は投石器(および天の助け)を駆使した羊飼いの少年ダビデに負かされる。
恐竜より前からいた
地球の46億年の歴史の中で、昆虫はいまから約4億7900万年前にあらわれたと考えられている。昆虫は恐竜より先に存在し、その誕生と絶滅を目にしたことになる。もちろん、わたしたちヒトが登場するのはさらにあとだ。
気が遠くなるほど昔、まず植物が、続いて動物が海から陸に上がった。それは地球上の生命にとって革命的な出来事だった。月面に降りたったアポロ11号のアームストロング船長を真似ていうなら、「これは1匹の動物にとっては小さな一歩だが、地球の生命にとっては偉大な飛躍である」。
そうした映像は残っていないので、わたしたちは化石の研究と想像力を頼りに、"初期の革命家"たちの足跡をたどるしかない。
若かりし日の地球を思い描いてほしい。冒険心に富んだ最初の生きものが海から顔を出し、陸地の探検を始めた数百万年ほどのちのことだ。地質時代でいうとデボン紀(シルル紀と石炭紀のあいだ)で、進化の神はすでにフル稼働し、初期の昆虫はこの頃確実に存在した。シダ植物や、カラスの足跡のような形の植物の陰を、小さな6本脚の生きものが這っていたはずだ。
体は3つの節に分かれ、頭には2本の細い触角が生えている。この小さな生きものは、世界征服に向けて小さな第一歩を踏みだしたのだった。
大地の上で過ごす最初の日から、昆虫にとって他の生命とネットワークを築くことはきわめて重要だった。植物は、荒涼とした大地で昆虫などが生きのびるのを支えた。そのお返しとして昆虫たちは、枯れた植物の栄養分をリサイクルし、新しく生える植物のための土をつくった。
翅という奇跡
昆虫がこれほど栄えている理由の一つは、飛翔能力だ。4億年ほど前に翅を手に入れた昆虫たちは、樹上の餌に効率よくアクセスできるようになり、地上の敵を避けられるようにもなった。冒険心に富んだものは、翅を使って新しい土地に移動した。翅の獲得は、パートナー選びにも影響をおよぼした。雄は空中で自分の姿を雌にアピールするという、それまで思いもよらなかった方法を手に入れたのだ。
翅がそもそもどのように発達したのか、正確なことはわからない。もとは胸郭の一部だったという可能性はある。太陽の熱を集めたり、跳躍や転落のときに体勢を立て直したりする手段だったかもしれない。
えらが発達して翅になったという見方もできる。詳しい経緯はさておき、翅は木や背の高い植物から飛び降りるのにも有用だった。翅が発達している昆虫は、より多くの餌を手に入れ、より長く生き、より多くの子どもを残した。子どもたちも、翅を受け継いだ。
こうして翅は、ごくありふれた器官となる。昆虫たちは多種多様な翅を使って自在に空を飛びまわっていた。その翅は太陽の光を受けてきらめいていたことだろう。
初期の昆虫たちは真に画期的だった―ほかに飛ぶものがいなかったのだから。鳥、コウモリ、プテロサウルスが登場するのは相当先の話だ。昆虫は1億5000万年以上、地球の空を支配していた。ホモ・サピエンスは、地球上でまだわずか20万年を過ごしただけだというのに。
昆虫は地質時代に5回もあった大量絶滅をすべて生きのびた。恐竜があらわれるのは3回目の大量絶滅のあと、いまから2億4000万年ほど前だ。「虫ケラ」なんて言いたくなったら、昆虫が恐竜のはるか以前から地球にいたことを思い出して、尊敬の念を呼びさまそう。