「婚活食堂」シリーズの主人公、元占い師の玉坂恵が切り盛りする「めぐみ食堂」には、さまざまな悩みを抱えた常連客が集う。恵はおいしい料理とお酒でお客をもてなし、ときには"不思議な力"で男女の縁をつなげることも。
現代の婚活事情を取り入れながら、幸せに向かって歩き出す人々を描いた本作は、恵の振る舞う料理も読みどころの一つだ。
今回は、著者の山口恵以子さんが大ファンという、「孤独のグルメ」の原作を手がける漫画家で、ミュージシャンでもある久住昌之さんと、お互いの作品、そして食とエンタメについて語り合っていただいた。
取材・文:青木逸美/撮影:片桐 圭
※本稿は「文蔵」2022年12月号より抜粋・編集したものです。
43回のお見合い経験から誕生した小説
【久住】まず、「婚活食堂」というタイトルがいいですね。四谷しんみち通りが舞台なのも絶妙。
【山口】もともと「食堂のおばちゃん」という小説を書いていて、PHPの編集担当の方から「お見合いと食堂を合わせた小説」という依頼があったんです。というのも、私がお見合いを43回全敗したからなんですけど。
じゃあ、「婚活食堂」でいきましょうとなった。でも、めぐみ食堂で婚活を勧めているわけではないんです。おいしい料理とお酒を目当てに通う常連客の揉め事を解決していくうちに、それが結婚に結びつくという話です。
【久住】女将が元占い師なので、山口さんにも霊能力があるのかなと思ってました。
【山口】私には霊的な力はないですね。あったら43回全敗しませんよ。「食堂のおばちゃん」と違う設定にしたかったので、霊能力を失った占い師が、閉店するおでん屋を買い取って食堂を始める話にしました。おでん屋なら素人でもできそうでしょう。出汁に具材をぶち込んで煮ちゃえばいい!
【久住】確かに。でも、おでんは奥が深いですよね。何を入れてもいいし、地方によって具材が違うのもいい。
【山口】そうなんです。しらたきや大根の定番から、蟹面や牛タン、豚足もある。安いものから高いものまで、料亭みたいなおでん屋もあれば、屋台もある。ほんとうに、おでんは懐が深い。
【久住】それにしても、お見合い43回はすごいですね。
【山口】仕事が休みの日に家でゴロゴロしてたら、父が「お前もう大学は卒業したのか」と聞くので、「何言ってんのよ、もう33歳よ」って答えたんです。父はびっくりして、母に「お前どうすんだ、あいつ売れ残ってるぞ」と。仕方なく母が仲人をよくやっていた方に、お見合いを頼んだのが手始め。
それから仲人の輪がどんどん広がって。でも、「いい人がいたら結婚したい」というボンヤリした気持ちで始めたから、覚悟が足らなかったんですね。「婚活食堂」でも書きましたが、結婚は女性の「ぜったい結婚する」という強い思いがないと成立しないんです。私にはそれがなかった。
結局、『月下上海』で松本清張(まつもとせいちょう)賞をいただいて、その後ありがたいことに仕事が続き、副業しないでも食べていけるようになったので、いまさら結婚してもねえ。編集者の言うことは聞けても、亭主の言うことには従えないと思っちゃう(笑)。
主人公は弱点があるから輝く
【山口】どこから「孤独のグルメ」を思いついたんですか。
【久住】ぼくのデビュー作『夜行』は、1人の男が夜行列車で駅弁を食べるだけの漫画。頭の中で、おかずとご飯の配分や食べる順番をずっと考えている。それを劇画タッチで淡々と描いているんです。
カレーを食べているとき、「ライスに比べてルーが少ない。このままだと足りなくなるな。福神漬で調整するか」とか考えるでしょう? そういう頭の中を漫画にしたら面白いなと思ったんです。
【山口】『夜行』が原点で、延長線上に「孤独のグルメ」があるんですね。私は井之頭五郎の大ファンなんです。五郎を下戸にしたのはなぜですか?
【久住】主人公に弱点を持たせたかったんです。何でもおいしく食べる大食漢だけど、お酒は飲めない。ちょっと残念ですよね。主人公は弱点があるから輝くんですよ。
ぼくはグルメに興味がないし、そもそも少食なんです。だから、店を紹介するとか、料理のうまさを伝えたいわけじゃない。おなかが空いた男が、食べ物屋さんで「何食べよう」とか「うまい」とか「食い過ぎた」とか考えている、頭の中を面白く描きたかった。
【山口】久住さんが少食というのは驚きです。
【久住】少食だから、たくさん食べる人にあこがれるんです。大食漢の五郎はぼくにとって、あこがれの象徴ですよ。モテないヤツがすごくモテる男の漫画を描くのと同じ。モノ作りには"あこがれ力"が重要だと思います。