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社会

障害があるから“美しさ”に欠ける? 脳性まひの女性が直面した恋愛の不平等

キム・ウォニョン(弁護士/俳優/作家)

2022年12月19日 公開 2024年12月16日 更新

障害当事者として、障害と社会とのギャップを考察し続けるキム・ウォニョンは骨形成不全症のため車いすユーザー。

今回は、障害のある身体と、恋愛・魅力について考えます。大学生のジミンは脳性まひ。不安定な体の動きながらひとつひとつベストを尽くす姿に、多くの人は尊敬すら感じます。

けれども、ジミンは、マイノリティに真摯な関心を寄せるヒョノに告白をするもののふられてしまいます。ヒョノが好きになったのは、姿も信念も美しいとだれもが認める女性でした。

※本稿は、キム・ウォニョン著、五十嵐真希訳『だれも私たちに「失格の烙印」を押すことはできない』(小学館)から一部抜粋・編集したものです。

 

脳性まひのジミン、ジミンを尊重するヒョノ

ジミンは大学生の頃、日々勉強とサークル活動の両方に打ち込んでいた。脳性まひのために、発音は不明瞭で話し方もゆっくり、歩き方や動き方もバランスが悪かったが、彼女の一言一言、動作一つとっても無駄なものはなかった。明確な考えと目標をもっていたからである。

政治学を専攻する彼女は、政治共同体による公正な財貨の分配システムについて興味があった。さらに、障害者、貧困層、高齢者、性的マイノリティなどが社会から無視されないよう、当事者が行う闘争にも関心をもっていた。

彼女が大学の障害者人権サークルに入ったのも、まさにこのような活動に関わってみたかったからだ。サークルには面白くて立派な友人が多くいた。その中でジミンに深い印象を残したのは、学部生としてサークル活動に参加していたが、最近ロースクールに進学したヒョノだった。

ヒョノの知識と態度を目の当たりにして、ジミンは自分が社会で同等の存在として認められるならば、ヒョノのような人といっしょに共同体のメンバーとして生きていきたいと強く思った。

ヒョノは、サークルの仲間のだれもがコミュニケーションから疎外されないよう気を配った。聴覚障害のある友人のためにパソコンで文字通訳(人がしゃべった言葉をそのまま文字に起こすこと)をするとき、のんびりと待てるのがヒョノだった。

彼はゆっくりしゃべり、自分の言葉が文字になったのをモニターで確認できてからでなければ、次の言葉を発しなかった。ジミンのように発話が遅い人がいるときは、彼女たちに同等の機会を与えるため、最も注意深く耳を傾けた。

だれかがジミンの言葉に追いかぶさったり、割って入ったりしたとき、ヒョノは不快感を表に出さずに、ジミンが話そうとしていることをさりげなく伝えてくれた。

 

告白中、筋肉の硬直でコーヒーをこぼしてしまう

サークルのメンバーは会議ではヒョノに協力したが、打ち上げのコンパでも彼が会話を管理するので、冗談を言おうにもタイミングを合わせられずに残念がった。笑いが起こったあと、もっと面白い冗談を続けようとした瞬間、ヒョノが割り込むのだった。

「ちょっと待って。入力できるように話して」

サークルのメンバーは、こうすることが、障害のある人々も平等に参加する共同体への一歩だという考えに反対はしなかった。しかし、時間が経つにつれ、打ち上げにいっしょに行くメンバーは少なくなっていった。

 

ヒョノはコミュニケーションのとり方、スピード、画一化された身体の基準を強要する社会に疑問を投げかけてきた。彼は、ミスコリアコンテストやガールズグループのコンサートで、女性を性的モノ化することにも不快感を示した。

男同士がよくする、だれそれがかわいいといった話にも絶対に加わらなかった。彼はロースクールでも障害者人権サークルをつくり、弁護士になったときには、障害者のための公益活動を行う法律事務所に入りたいと公言した。

ジミンはヒョノと価値観を共有できた。彼はマイノリティに真摯な関心を寄せ、多様性に対しデリケートな姿勢を貫いた。一瞬たりとも彼女を疎外せず、相互作用の瞬間をつくりだせるヒョノの姿に好意を抱いた。

二人は親しくなり、よく語り合った。ゆっくりとしたスピード、アンバランスな筋肉、不安定な歩みでも一つ一つベストを尽くして生きているジミンの存在は、ヒョノにとって、とても貴いものだった。

ある日の夕暮れ、ジミンは寄宿舎へ戻る道すがら偶然にヒョノと出会った。彼女は、小さなコンビニが見える寄宿舎の前の青いベンチで、ヒョノに気持ちを告白した。

緊張すると筋肉の硬直がひどくなるジミンは、飲んでいたインスタントコーヒーをこぼしてしまった。ヒョノは無言でコーヒーをふき、訥々と話し出した。好きな人がいると。

ほかの学校に通う同学年の学生で、ロースクールを目指す集まりで初めて会った。まだ片想いだけれども、彼女を愛していると告げた。

ヒョノは、彼女が「美しい」と照れくさそうに、そして慎重に話した。ジミンを尊重する口調だった。ジミンははじめてふられたが、十分に尊重されていると感じ、わかったと答えた。

 

きれいな人が美しい態度と政治的な信念をもつと、まぶしいくらいに美しくなる

ジミンは大学を卒業すると、通信会社に就職した。入社して3年が過ぎた頃、サークルのメンバーからヒョノが結婚したことを聞いた。ジミンが告白したときに、ヒョノが語った女子学生が結婚相手だった。

後で知ったことだが、彼女はジミンが最も親しくしている友人の先輩ソヌだった。友人の紹介でジミンもソヌと会ったことがあった。ソヌもロースクールを卒業し、弁護士になっていた。彼女は親切で礼儀正しく、人権運動に熱心な人として大学時代から有名だった。

ジミンの目にソヌはとても美しく映った。彼女のはっきりした声と口調、人並みの身長と体重、きれいな肌、見事な歯並びを頭に浮かべた。秋色のスカーフを巻いた彼女が、おぼんにいくつものコーヒーをのせているにもかかわらず、テーブルに沿って程よいスピードで曲線を描きながら歩いてきたことも思い出した。

彼女はジミンの言葉に耳を傾けた。ジミンの話を途中で断ち切ることは絶対になく、文末を勝手に完成させてまとめることもなかった。穏やかな微笑み、周囲の視線は意に介さず、相手との対話にだけ集中していた彼女の表情すべてが美しかった。ジミンはソヌを見つめながら思った。

「きれいな人が美しい態度と政治的な信念をもつと、まぶしいくらいに美しくなるんだな」

ジミンは、ヒョノが外見に価値を付けて差別する社会、一定のスピードによる話し方と体の動きにのみ「品格」を与える社会を批判する立場なので、自分の愛を「義務感」から受け取らなくてよかったとも思った。

人間の美しさに優劣があるとしても、それは教育の機会や財産のように分配できるものではないからと、ジミンは考えた。

ヒョノ、ソヌ、ジミンのような人たちを、人々は「美しい人」と言う。しかし、ヒョノはジミンではなくソヌを愛することに決めた。3人の美しさはそれぞれ異なるものだ。ジミンの美しさはヒョノには魅力的ではなかったのか?

ジミンに必要なのは、政治的な信念や、人生観、人間の普遍的な権利と尊厳に対する価値観、「政治的適正」な世界ではなく、ヒョノを確実に惹きつける身体的な「魅力」ではないだろうか?

ジミンは(私は)自分の身体だけで十分に美しく魅力的な存在でありたかった。自分の身体が美しいことが、真に美しい人間になれる最も重要な条件だと思った。身体的に美しい人間は簡単にロマンチックな恋愛ができる。そのうえ政治的に適正で正義感があり、倫理的であるとき、その美しさはさらに光り輝くのだ。

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ジミンが到達できる「美しさ」には限界があるのか?

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