歴史の中に消えた「ねこ座」
――猫と人とのかかわりは歴史も長いですけど、いまだに人が飼い慣らせない部分のほうが多いですよね。そこが魅力なのかもしれないですが。
【鏡】そういえば、占星術の12星座には「猫」が入っていないんですよ。
【沖】確かに。他の動物はいっぱいいるのに不思議ですね......。
【鏡】でしょう? 12星座どころか全天の星座の中でも「ねこ座」って、19世紀初頭に少しだけ登場したことがあるんですけど、今ではまったく使われていません。また十二支にも「猫」はいない。
それってなんでなんだろうと僕なりに考えてみたんですが、猫は人間を類型化する1つの要素として"紐づけられない存在"だからなのかな、と思ったんですね。人懐こい猫もいれば孤高の猫もいてあまりに個体差が大きいし。
西洋の占星術にも、東洋の干支にもいないのは、人間にめちゃくちゃ近い面とすごく遠い面の両方があることが関係しているように思います。
シンプルに性格付けしたり、象徴や記号に還元できない何かがあるんでしょう。その一方で、猫にまつわる「物語」や「神話」は大変に多いです。猫は人間と同じように個々の性質を持つキャラクターなんでしょうね。
心理学で読み解く、猫の「4つの側面」
【沖】おっしゃるように、猫には自分を重ね合わせるというより、羨望の眼差しで見るような存在かもしれません。
【鏡】孤高だったり、甘えてみたり。猫ってすごく多面的な生き物ですよね。心理学者の河合隼雄先生の名著『猫だましい』(新潮文庫)という本があるんですが、この中で、ユングの弟子だったバーバラ・ハナという人が分析した「猫マンダラ」というマトリクスを紹介しているんですね。
その猫マンダラによると、猫には「女性的・母性的」な面、「自立的・ずる賢い」面、「気持ちのよい・怠けもの」の面、「獰猛・残酷」な面、ざっくり言うとこの4つの側面があるとしています。
甘えてきたと思ったら、さっとどこかへ行ってしまう。ゆるくて"三年寝太郎"のように見えて、狩りでは残酷な一面も覗かせる。そうしたポジティブとネガティブ、両面を持った存在だと。
【沖】言語化して考えたことはなかったですが、言われてみると思い当たる節があります。
【鏡】バーバラ・ハナは、こうした猫のシンボリズムだけで1冊書いているような人なんですが、興味深い分析ですよね。猫が持つ4つの側面のうち、どの面に惹きつけられるかは、人それぞれなんだろうなとも思いますし。
猫は「かわいい!」だけじゃないからこそ
――それで言うと、沖さんの『必死すぎるネコ』シリーズはかわいい・癒しだけじゃない、ちょっと野性的な一面を覗かせている写真も多いですよね。
【沖】ネズミを捕まえて無邪気に遊んでいる様子なんかを見ると、やっぱり残虐性は感じたりしますよね。ただ、一通り遊び終わると、そのネズミを咥えてお世話してる人のところに持っていくんです。勝ち誇ったというか、「褒めて!」っていう表情で。
その愛らしい姿には、さっきまでの残虐性はないんですよね。だから僕自身は、猫マンダラの全ての面が愛おしいですね。猫は「見た目」もかわいいですけど、僕はどちらかというと猫の「内面」に惹かれてシャッターを切っているかもしれません。
【鏡】猫は心理学や夢占い、あとは迷信やおまじないとも縁が深くて。以前監修させていただいた、桐島ノエルさん翻訳の『猫のおまじない』(PHP研究所/現在は絶版)という本には、猫を使った面白いおまじないがあるんです。それによると、「頭からしっぽまで9回なでてお願いごとを口にすると願いが叶う」そうですよ。
【沖】なんですかそのおまじない。めっちゃやりたいです(笑)。
【鏡】ほんまかいな? って思いますけど、楽しいですよね。『カッセル英語俗信・迷信事典』でも、「猫が花嫁の隣に姿を現すと新婚夫婦は幸運に恵まれる」「ものもらいの治療には、両方の目を猫のしっぽでなでるとよいと言われている」など、古くからの迷信が色々と記されています。
古代エジプトの時代から現代に至るまで、猫は人間にとってさまざまな意味を持った存在だということがわかりますよね。
【沖昌之(おき・まさゆき)】
猫写真家。1978年神戸生まれ。家電の営業マンからアパレルのカメラマン兼販売員に転身。初恋のネコ「ぶさにゃん先輩。」の導きにより2015年に独立し、『ぶさにゃん』(新潮社)でデビュー。猫専門誌『猫びより』の「必死すぎるネコ」など連載や著書多数。2017年刊行のベストセラー『必死すぎるネコ』、2019年『必死すぎるネコ〜前後不覚篇〜』、2021年『イキってるネコ』、2022年『必死すぎるネコ〜一心不乱篇〜』(すべて辰巳出版)はシリーズ累計8万部を超える。
【鏡リュウジ(かがみ・りゅうじ)】
占星術研究家・翻訳家。国際基督教大学卒業、同大学院修士課程修了(比較文化)。占星術の心理学的アプローチを日本に紹介し、従来の「占い」のイメージを一新。占星術の背景となっている古代ギリシャ哲学や神話学、ヨーロッパ文化史等にも造形が深く、日本の占星術シーンをつねにリードしている。平安女学院大学客員教授。京都文教大学客員教授。東京アストロロジースクール代表講師。
著書に『鏡リュウジの占星術の教科書ⅠⅡⅢ』『占星術の文化誌』、訳書にハーヴェイ夫妻著『月と太陽でわかる性格事典』、ヒルマン著『魂のコード』、グリーン著『占星術とユング心理学』等多数。責任編集をつとめたユリイカ増刊号『タロットの世界』は学術的アプローチが話題となる。