ステップを踏んだ伴走型の支援で、部下の成長を促す
ここで、私が前職時代に育てた部下Hさんのエピソードを紹介しましょう。Hさんは入社から1年間、営業部署の仕事に就いていましたが、メンタル不調に陥り休みがちとなり、社会人2年目のタイミングで、私が束ねるマーケティングチームに異動してきました。私はHさんの役割と仕事の任せ方を思案した上で、次のように伝えました。
「私は今後1年かけて、あなたにこのチームで営業部門の担当者が活用できる調査データの分析・配信の仕事ができるようになってほしいと思っている。
でも、いまのコンディションで急に初めての仕事に取り掛かるのは難しいから、最初の1カ月は、朝9時までに出社して、席に座ることを目標にしてほしい。その達成のためにどうすればいいかは、自分で考えて工夫してほしい。」
彼は驚いた様子でした。確かに朝9時に出社するだけでは、仕事とは言えません。しかしその時点のHさんはメンタル不調なのですから、慎重にステップを刻んだのです。周囲の支えもあり、Hさんも徐々に安定し、1カ月後には毎日9時に出社できるようになりました。もちろん、これはあくまでスタートラインです。
社内アンケート100件集約を次の目標に!
私はHさんと面談し、2カ月目の目標を話し合いました。そして、前任者が配信していた分析レポートの使い勝手の良し悪しを、現場の営業担当者に聞くことから始めることにしました。具体的には、営業担当者を対象に社内アンケートを行い、回答を100件集めるという目標を立てたのです。
私は、こう言いました。「この1カ月で現場営業パーソンから回答を100件集めるにはどうすればいいか、その工夫はあなたに任せるよ。」
Hさんは自分でやり方を考え、営業担当者に向けて社内メールでアンケートを一斉に送りましたが、30件しか集まりません。私はHさんに、「この仕事の責任者はあなただ。まだ3週間もあるのだから、どうすればあと70件集められるか考えよう」と言いました。
Hさんは営業部門時代の同期に直接声をかけ始めました。その結果、2週間後には50件ほどの回答が集まっていました。「期日までに残り50件はどうやって集めようか?」と私が尋ねると、Hさんは「営業部門のベテランの庶務係の方一人ひとりにお願いして、周囲の営業担当者に声をかけてもらいます」と言いました。
さらに1週間後、回答は67件になりましたが、残り1週間で30件以上の回答集めが必要です。Hさんは「67件も回答が集まったので、別に100件でなくても、集まった分を分析すれば十分ではないか」と自己正当化のための言い訳を始めました。
私はそこで、Hさんを強く叱りました。「妥協しては絶対にダメだ。あなたはこの仕事の責任者だ。あと1週間も時間が残っているのに、当初の約束をどうして今諦めるんだ。本当に、他にやり方は考えられないの?」
私の頭の中には、あと30件の回答をすぐに集める方法がありました。しかし、上司はそれを安易に教えてはいけません。その瞬間に仕事の当事者は部下ではなくなってしまうからです。本人が自分でやり方を考えなければ意味がないのです。
Hさんは、営業部門の上司たちに直接頼み、部下にアンケートに回答するよう促してもらう決断をしました。
そして1週間後。Hさんは晴れ晴れした笑顔で「102件集まりました!」と報告してきたのです。その瞬間、仕事ぶりを見守っていたチームの先輩たち全員が立ち上がり、スタンディングオベーションを贈りました。それからのHさんは、自信をみなぎらせて仕事に取り組むようになりました。