柳井正「あなたが変われば、未来も変わる 」
2012年09月27日 公開 2022年12月01日 更新
日本の「商人道」を取り戻せ
日本は国土も狭いうえに山が多く、人が住んだり、田や畑をつくったりできる場所は限られている。天然資源に恵まれでいるわけでもない。
要するに、何もない国なのである。
だから、一所懸命に商売をして稼ぐ以外、生きていく道はない。国を興すには、商人道しかない。ところが、いまの日本は本来の商人道が歪められ、金儲けはよくないと考える人が増える一方で、カネだけがすべてと考える人間も現れた。
「稼ぐ」とはどういうことか。それを国がきちんと教えてこなかったツケが、自分さえよければいいという、精神の荒廃を招いたのかもしれない。
「どういう儲け方をしてもいい。儲けた金を好きに使って何が悪い」――そうした考え方と日本の「商人道」は対極にある。
個人が豊かな暮らしをするために、稼ぐことは必要である。同時に、自分たちが暮らす社会全体をもっと豊かにするためにも、私たちは稼がなければならない。
司馬遼太郎は言う。「日本人は商人としてのリアリズムをもち、お得意さん大事の感覚で、世界中に喜ばれる存在になる以外、生きていく道はない」。彼は再び日本に勝海舟や坂本龍馬のような人材が現れることを待望する。
日本の商人道をきちんと発揮すれば、日本という国を富ませるのみならず、日本企業は世界中の人たちを、必ず幸せにすることができる。
ファーストリテイリングは 2010年から、グラミン銀行グループと提携して、バングラデシュでソーシャルビジネスに取り組んでいる。
グラミン銀行は、貧困層向けにマイクロクレジットと呼ばれる無担保小口融資を行なう民間銀行で、創設者は、ノーベル平和賞受賞者のムハマド・ユヌス氏。
私たちはほんとうに質のよい服をバングラデシュでつくり、貧困層の人たちが購入できる価格で販売する。利益はすべて、ソーシャルビジネスに再投資される。
バングラデシュでの服の製造販売を通じて、現地の人びと自身がビジネスのサイクルを回していくことで、生活を改善し、自立を促し、社会的課題の解決をめざす。
ユニクロが儲かれば儲かるほどバングラデシュでは雇用が増え、それが延いては、貧困の撲滅を生んでいく。
ファーストリテイリングの社員は、日本人のみならず、そうした意識を共有している。ユニクロ中国CEOの潘も、事あるごとに、「われわれは商人であり、商人というものは、その国の生活をより豊かにすることを第一義に考えるべき」と力強く語っている。
日本、中国、アジア、そして世界。服を通じてすべての国を幸せにすることが、ユニクロの使命。「服を変え、常識を変え、世界を変えていく」。だからこそ、ファーストリテイリングはグローバル企業にならなくてはいけない。
そうした商人道を貫くためには、経営者にそれなりの覚悟が必要になる。
先日、日本電産社長の永守重信氏と話していたら、彼がこんなことを言っていた。
2011年秋にタイで大洪水が起こり、日本電産のタイ工場も、たいへんな被害を受けた。現地の工場はどこも操業停止に追い込まれ、従業員は自宅待機となっていた。
ところが、永守氏は現地の工場長に命じて、従業員を全員出社させ、すぐに工場の復旧に取り掛からせたという。
タイ工場はサプライチェーンの重要な部分を担っているため、ここが止まってしまうと他の工場すべてに影響が出る。その結果、会社の生産計画が大幅に狂ってしまう。
地元の従業員にしてみれば、洪水で家が水浸しなのに、工場で仕事などしていられるか、と思ったかもしれない。
だが永守氏は、「工場の再開が遅れれば、それだけ多くの人に迷惑がかかる。タイの従業員も、工場が動かなければ、お金が入らない。なるべく休ませずに働かせてあげたほうが、すべでの人にとってメリットがある」と判断した。
その考え方は正しい。時代劇に出てくる商人には、相手の顔色をうかがいつつ裏で舌を出したり、揉み手をして権力者にすり寄ったりするイメージがある。
しかし真の日本の商人道は、もっと高潔で厳しい。時に無情とも思える判断を下さなければならない瞬間もある。経営者はつねに、会社全体の利益を考えて決断しなければならないからである。
社員の反発を招くかもしれない。あの経営者を何とかしろ、と株主に言われるかもしれない。だが、それでも経営者には、自分が正しいと思う判断を貫き通す強さが要る。
それができなければ、経営者は経営者たりえない。