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「親の財産が親の介護に使えなくなる」その前にやっておくべき賢い対処法とは?

杉谷範子(司法書士法人ソレイユ代表)

2025年03月14日 公開

認知症を患う高齢者が増加する中、私たちは親の財産管理や相続について早めに準備をしておく必要があります。20年ほど前までは、子どもが親に代わってこうした手続きは比較的容易にできました。

しかし、今の時代は「本人の意思確認」が非常に重視されるようになっており、親の財産を代理で処分することが難しくなっています。早めに対策を講じないと、今後ますます困る家族が増えてしまうと司法書士法人ソレイユ代表・杉谷範子さんは言います。

書籍『親が認知症になると「親の介護に親の財産が使えない」って本当ですか?』より、来るべき時に備える方法を紹介します。

※本稿は、杉谷範子著『親が認知症になると「親の介護に親の財産が使えない」って本当ですか?』(大和出版)を一部抜粋・編集したものです。

 

認知症になると、財産が凍結される

近年は、財産の管理や承継をめぐるトラブルや悩みを抱える人が増えてきました。流れが変わり始めたのは、十数年ほど前のこと。それまで、相続対策といえば、税理士に持ち込まれる「相続税」に関することが大半でした。いかに上手に節税するのかがいちばんのテーマだったのです。

しかし今は、それ以外にも大きなテーマが二つあります。

ひとつは、いわゆる「争族対策」。遺産相続をめぐる親族間のもめごとは昔からありましたが、近年はそれがかなり増えてきました。

もうひとつが本書のテーマ、「認知症対策」です。

相続対策は、本人が死んだ後に財産をどうするかという問題です。生前に対策は講じておくにしても、財産が親族のものになるのは死後のこと。それに対して、この認知症対策では、本人がまだ生きているあいだに「この財産をどうするか」という問題が生じます。

というのも、本人が重い認知症などによって判断能力を失った場合、預貯金や不動産などの財産が「凍結」されてしまう可能性があるのです。つまり、誰もそれを使ったり動かしたりすることができない状態になる。これは一体、どういうことでしょうか。

 

親の介護に親の財産を使えない

まずは、実際にあった具体的な事例を紹介しましょう。

A子さん(48歳)は、夫と二人の息子(高校生と中学生)との四人暮らしです。ある日、A子さんの母親が認知症の診断を受けました。かなり症状が進行しており、介護が必要です。しかしA子さんの父親も高齢で、家族による介護には限界があるので、母親は介護施設に入所することになりました。

ところが悪いことは重なるもので、今度はA子さんの父親が病気で倒れて入院。母親の介護施設代と父親の入院費用はどちらも月20万円ほどかかります。両親の年金収入だけでは、とてもまかなえません。

そこでA子さんは夫と相談した結果、両親の住んでいる実家を売ることにしました。

それでお金を工面して、退院後は父親を自分の家に引き取ろうと考えたのです。

しかし、そこで思わぬ壁に直面しました。司法書士に相談したところ、「その実家は売ることができない」というのです。

というのも、実家の土地は両親の共有名義。所有権は父親が9割、母親が1割ですが、その比率がどうであれ、所有者がひとりでも自分で判断する能力を失っていると、その土地を勝手に処分することは許されないのです。

 

財産は家族ではなく本人のもの

こうした判断能力の喪失によって財産が凍結されるのは、本人が認知症になったときだけとはかぎりません。要はコミュニケーションが取れず、本人の意思が確認できないことが凍結される理由ですから、病気で倒れて意識のない状態になっても、当然、同じことになってしまいます。

たとえば、B子さん(45歳)の母親のケースがそうでした。

夜中に脳卒中で倒れて救急搬送され、一命はとりとめたものの、意識は戻りません。

入院や治療にまとまったお金がかかりそうなので、B子さんは母親の通帳と印鑑を持って銀行に駆け込みました。

ところが、窓口で100万円を引き出そうとしたところ、行員が、「こちらの通帳のご名義のご本人様ですか?」と聞きます。

「母は入院しているので、私が代わりに来たんです」

「お電話で、お母さまのご意思を確認することは?」

「まだ意識がないので、話ができるような状態ではないんです」

ここまで説明すれば行員も納得して、預金を引き出してくれるだろうとB子さんは思いました。でも、行員の言葉は思ってもみないものでした。

「では、このお通帳の口座はお母さまがお元気になられるまでロックさせていただきます」

口座にロック(鍵)をかける、つまり、預金を凍結するということです。B子さんは母親からキャッシュカードの暗証番号も教えられていましたが、すべての取引が停止されると、それも使えません。

しかも、その口座からは実家の光熱費や固定資産税なども自動引き落としになっていました。「すべての取引」が停止されると、それも止まってしまいます。入院費や治療費を含めて、何から何まで母親のお金は使えず、すべて娘のB子さんが負担することになってしまったのです。

 

認知症になったら、財産に何が起きるか

A子さんにしてもB子さんにしても、親のための介護費用や入院費用などを親自身のお金でまかなえないのは困ったことです。誰にとっても、これと同じことがいつ起こるかわかりません。

ここであらためて、認知症になったとき財産にどんなことが起きるのかをまとめておきます。

 

・銀行の預金口座......窓口に行くことが必要な取引は一切できません。キャッシュカードでの引き出しは可能かもしれませんが、法的には問題があり、相続後にほかの相続人から損害賠償請求をされる可能性があり得ます。

・本人名義、あるいは共有名義の自宅(土地・建物・マンションなど)......建て替え、売却、賃貸などができなくなります。

・経営する会社の大多数の株式を保有している場合......株主総会が開催できず、新社長への交代もできないので、経営が暗礁に乗り上げます。

・賃貸アパートなどの収益不動産......店子さんとの契約更新ができなくなったり、大規模修繕のための融資が受けられなくなったりします。

・上場株式など換金価値の高い財産......解約などの売却処分ができません。

 

キャッシュカードの利用について、ひとつ補足しておきましょう。親が元気なときに子どもを代理人として、キャッシュカードの暗証番号を教えていれば、ATMでとりあえず預金を引き出すことはできます。

しかし今の銀行は、高齢者を狙った詐欺事件が多いこともあって、キャッシュカードの不自然な利用にも目を光らせるようになりました。

預金者保護のため、金融機関は内部で出入金のモニタリングをしており、通常と異なる取引が続くと、とりあえず預金を凍結するのです。

すると、結局手続きが必要となり、「ご本人様ですか?」から始まるやり取りを窓口でやることになってしまいます。

ともあれ、親が認知症になってしまうと、先述したような不都合が本人が亡くなるまでずっと続くことになります。

いわゆる「健康寿命」と「平均寿命」の差が小さかった時代なら、財産の凍結はさほど大きな社会問題にはならなかったでしょう。認知症になってからも多くの人が長生きする時代だからこそ、これは誰にとっても人ごとではない深刻な問題なのです。

 

「成年後見制度」のメリット、デメリット

では、どうすればいいのか。凍結された財産を「解凍」することが絶対にできないかといえば、決してそんなことはありません。認知症や精神障害などで判断能力が不十分になった人を法律面や生活面で保護する仕組みがあります。

それが、2000年(平成12年)に施行された「成年後見制度」です。本人に代わって判断をする「成年後見人」を立てることによって支援する制度です。

成年後見制度に基づく後見人がいれば、本人に意思確認ができなくても、凍結された銀行口座を「解凍」したり、不動産の処分をしたりすることなどが可能になります。後見人が手続きをすれば、法的には何の問題もありません。

後見人には、裁判所が選ぶ「法定後見人」と、本人が選ぶ「任意後見人」の二種類があるのですが、今はまず前者の話をしましょう。すでに本人の判断力が不十分な段階では、任意後見人を選ぶことができず、法定後見人をつける以外に方法がないからです。

今は弁護士や司法書士などの専門家が後見人に選ばれることが多くなりました。法定後見人の役割は本人の財産を守ることであって、親族のために便宜を図ることではありません。基本的にあまりお金を使おうとしませんし、必ずしも本人の意思を実現してくれるわけでもありません。意思確認のできない本人に、いわば「財布のひもが堅い金庫番」がついたようなものです。

じつのところ、これは親族にとって、むしろ「凍結の第二段階」だと思ったほうがいいでしょう。

 

認知症になる前に対策を

もうおわかりだと思いますが、本人が認知症になってからでは手遅れです。財産の凍結を解除するには、法定後見人を立てるしかありません。預貯金や不動産などが完全に凍結した状態よりはマシだとあきらめて、「第二の凍結」を選ぶ以外にないのです。

それを避けるには、認知症になって凍結される前に手を打たなければいけません。

その段階なら、次稿で紹介する「任意後見制度」と「家族信託」という二つの手段が使えます。ただ、「赤の他人」が家に土足で踏み込んでくるような事態を招かず、本人や家族がお互いを支え合うために財産を使えるようにするには、早いうちに準備をしなければいけません。

「親はずっと元気でいる」「認知症にはならない」などと思い込むのは、賢いことではありません。誰にでも、そのリスクはあります。本人と家族のために大切な財産を守りたければ、いずれ認知症などで判断能力がなくなることを前提にして対策を考えておく必要があるのです。

著者紹介

杉谷範子(すぎたに・のりこ)

司法書士法人ソレイユ代表

司法書士法人ソレイユ代表司法書士、一般社団法人実家信託協会理事長、宅地建物取引士、致知人間学認定コーディネーター
京都女子大学卒業後、東京銀行(現、三菱UFJ銀行)を経て、2002年司法書士登録。信託を活用した相続・事業承継コンサルティングで、円満家族と企業の永続経営を支援し、ひとりひとりが安心できる未来をつくる使命を担う。
NHK「クローズアップ現代 + 」「あさイチ」「ニュースウォッチ9」に相続、家族信託の専門家として出演。
また、日本記者クラブにて「18歳成人と知的障がい者の親なき後問題」について記者会見を行う。
著書・共著『介護とお金の悩みを実家で解決する本』『弁護士が見落としがちな相続事案の税務と登記』『知識ゼロからの空き家対策』他多数。

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