伝えたいことがなかなか伝わらないとイライラすることがあります。自分としては、できるだけわかりやすく伝えているのに、いつまでたっても伝わっていない。こういうときは、イラッときて、つい「こうしてください!」と命令をしたくなるかもしれません。
本稿では命令や指示ではなく、質問によって相手の行動を促す方法について、脳科学者・西剛志さんの書籍『結局、どうしたら伝わるのか』より解説します。
※本稿は、西剛志著『結局、どうしたら伝わるのか』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
選挙で投票率を上げる「質問法」
「投票に行きましょう!」
選挙の前によく聞くこの言葉。さまざまな場所でCMが流れるなど、投票を促すプロモーションが行われていますが、日本の投票率はいっこうに上がりません。
この「投票に行きましょう!」という言葉、実は伝わりにくい言葉です。理由は、人から促されるだけでは人の意識はなかなか変わらないからです。要は自分ごとになっていないのです。
おもしろい調査があります。選挙で投票率が上がるすごい質問があるとわかったのです。
その質問とは「今度の選挙に投票するつもりはありますか?」です。
たったこれだけの質問で、質問された人の投票率が25%アップしたというのです。選挙の前日に電話して、アンケートを行う際に「今度の選挙に投票するつもりはありますか?」と質問したところ、実際に投票に行った人が25%アップしたのです。
「投票に行きましょう!」ではなく「投票に行くつもりですか?」。
ここに質問のすごい力が隠されています。
なぜ、質問すると行動につながるのか? それは、質問されると答えを出そうとするからです。
たとえば、「選挙に行くつもりですか?」と聞かれ、「選挙に行きます」と答えた瞬間に、選挙に行くイメージが具体的に出てきて、解像度が上がります。
また、「選挙に行きます」と言った瞬間に、それは専門用語で「コミットメント」になります。「コミットメント」とは「公約、約束、責任、参加」という意味で、責任を持って自分が関わっていくという意志を表しています。
実際に質問を活用したイギリスの保険センターでの成功例が有名です。保険センターでは予約をしても実際に診療に来てくれないケースが多かったので、予約をする際に、来る日時を電話ごしに復唱してもらいました。たったそれだけで3.5%も予約を守る人が増えました。
さらに、次回の予約をするときに、今度は患者さんに日時を書いてもらうようにしたところ、18%も予約を守る人が増えたのです。
質問に答えることは「自分自身へのコミットメント」をすることになるため、言ったことを遂行しようと、行動力が上がるのです。
さらに質問されたときに、「投票に行く予定です」と回答した人の頭の中では、もう投票に行っているイメージがわきます。解像度が高まるわけです。そうなると、行動につながっていきます。
4万人を対象に行ったこんな実験結果があります。
車の購入を前向きに検討している人に「6カ月以内に新車を買う予定はありますか?」という質問をしたところ、なんと購入率が35%上がったそうです。これも質問のすごい力です。
伝え方がうまい人が利用している「質問の力」
質問の力がすごいのは「回答する」という行為にもあります。質問に回答することは、「自分で考え、自分のこととして答える」ということです。
この「自分のこととして答える」ことが脳に影響を及ぼします。自分のことを話すと、脳の報酬系が活性化されるのです。これはハーバード大学の研究でわかったことです。
自分の話をしているときと他人の話をしているときの脳をスキャンしたところ、他人の話よりも自分の話をしたときのほうが、脳が活性化しているんです。
自分のことを話したくなるのには理由があったわけです。自分の話ばかりする人がいますが、あれは脳が活性化している状態なんですね。自分のことを話すと、脳の報酬系が活性化する。脳の報酬系はドーパミンです。つまり、ドーパミンが出るわけです。
「これをやってください」と言われるとやる気が上がらないかもしれないですが、質問されて、それに自分ごととして回答すると、ドーパミンが出やすくなり、やる気も高まってくるのです。ちょっとした伝え方の違いですが、大きな差です。伝え方がうまい人はここがわかっているので、質問の力を利用しています。
たとえば、リーダーがチームメンバーに伝えるとき。
「このプロジェクトは重要だから、やり抜こう」
と言うよりも
「このプロジェクトは重要です。あなたはやり抜けますか?」
と質問で投げかけたほうが、実際にやり抜ける可能性が高まるのです。
「やり抜こう!」は、みんなでがんばろうという意味で言っているのかもしれませんが、聞く側からすると「命令ベクトルの言葉」に感じられることがあります。
強いメッセージを出すことがリーダーシップには必要だと勘違いをして、「がんばろう!」「やろう!」「達成しよう!」といった言葉をメッセージとして発する人がいますが、脳科学の視点で見ると、「伝わりにくい」表現になることがあります。
質問は押し付けではなく、意思決定を相手(回答する側)に渡しているので、相手は自分ごとになる。この構造が大切です。
こんなおもしろい実験があります。
難しそうなパズルをやっている人に対して、周りの人が「あなたならできる!」と伝えるよりも、「できそう?」と質問したほうが、達成力が2倍になったのです。
ここは大切なところなので繰り返します。
「がんばろう!」ではなく「がんばれそう?」
「達成しよう!」ではなく「達成できそう?」
「やり抜こう!」ではなく「やり抜けそう?」
ちなみに、質問の力は他者に対してだけでなく、自分自身に対しても効果があります。頭の中で「がんばろう!」と自分に言うよりも、「自分はがんばれそう?」と自分自身に質問するのです。自分に対しても命令よりも質問です。
どうでしょうか? 質問ってすごいですよね。
ちなみに、質問の力はまだあります。
それは、質問されると「自分を認めてもらっている」と思えることです。命令されると自分のことを認めてくれていない感じがしますが、質問されるとなんだか自分のことを認めてもらったように感じないでしょうか?
「これできそう?」
そう聞かれたときに感じる印象は「あ、この人は自分のことをちゃんと考えてくれているんだな」ということです。これが安心感や信頼感にもつながるので、たとえば会社やリーダーへのエンゲージメントが高まることにもつながります。
いま企業は社員エンゲージメントを高めることが重要といわれていますが、「質問の習慣」をつくることがエンゲージメントアップにつながります。エンゲージメントが低い組織は、命令が多いのではないでしょうか。