写真:福尾美雪
日々の食卓を豊かにするのは、料理そのものだけではありません。お気に入りの器や調理道具もまた、食事を特別な時間に変えてくれます。料理家のウー・ウェンさんは「器選びは、自分が心から気に入ったものを基準にする」ことを大切にしていると語ります。
本稿では、器選びの楽しみ方から、家庭料理に息づく普遍の知恵まで。ウーさんが日々の食卓に込める思いを伺いました。
ウーさんが語る「食器選び」のコツ
――ウーさんはお鍋をたくさん集めていらっしゃるそうですね。用途ごとに集めているんですか?
【ウー】あれは私の趣味ですね。実際にはそんなに使っていないんですよ。でも台所が大好きだから、調理器具も「あるといいかな」と思ってつい集めてしまうんです。
たとえばホワイトアスパラガス専用の鍋。ドイツの人たちは夜明け前に畑へ行って、収穫したてのホワイトアスパラガスをその鍋でゆでるそうなんです。それを想像するだけで「いいなあ」と思ってしまって(笑)、つい奮発して買ってしまいました。
実際は年に一度しか使わないんですけどね。でも、ホワイトアスパラガスは旬がとても短い食材だからこそ、そういう特別な調理器具を使うのも楽しみのひとつなんです。
――食器もたくさん集めていらっしゃいますよね。ウーさんの書籍で使用されている食器を拝見しても、たくさん種類があるのに統一感があって洗練されている印象です。白地の食器が多いようにも見えますが、どのような基準で選んでいるのですか?
【ウー】家にはもっとたくさんあって、「どうするの?」って家族に言われるくらい(笑)。器を選ぶときは「ビビッときたもの」を買うことが多いです。お店に行くときに「今日は絶対買わない」と決めても、120%の確率で何かしら買ってしまうんですよね(笑)。
白地の器が多いのは好みでもありますが、そもそも器は白地が基本とされることが多いと思います。日本でも九谷焼きなどの伝統的な器を見ると、白がベースになっているものを多く見かけます。黒や他の色が使われるようになったのは比較的最近のことではないでしょうか。
――黒い器はあまりお好みではないですか?
【ウー】嫌いというわけではないんです。ただ私はクラシックなものが好きで、流行を追いかけるタイプではないので、現代的な器より古いものを選ぶことが多いです。古伊万里や古九谷焼はよく使いますし、日本の作家では北大路魯山人や河井寛次郎の作品が大好きです。
最近は「たくさんはいらない、いいものだけを買おう」と自分に言い聞かせています。1つ気に入ったものを買えば、しばらくは"新しいものを欲しくなる病"も出てこない(笑)。
――私はこれまでいろんな器をこだわりなく買っていたので、統一感がなくなってきて悩んでいるんです...。
【ウー】そうすると、器に飽きてくるでしょう?(笑)
――そうなんです!
【ウー】わかりますよ。でも、それも勉強だと思ってね。実際に生活して使うからこそ気づけることです。まずは「自分が絶対に気に入って、飽きがこない器」を一つ選ぶことだと思います。そこから、その器に合わせるものを少しずつ揃えていけば自然と統一感が出てくるはずです。自分にとっての"お気に入り"を軸にするのが一番大事ですね。
――とても勉強になります。まずは自分が絶対に使いたいと思える器を選ぶことが大事なんですね。
【ウー】そう思います。思い出の品でもいいし、本当にお気に入りのものを基準にすれば、そこから器選びが広がっていきます。それが一番の近道だと思いますよ。
――器や調理器具がたくさんあっても、ウーさんのクッキングサロンはとても清潔で整理整頓が徹底されていますね。
【ウー】ちょっとでもほこりがあると落ち着かないんです。私はスタッフにもよく言うんですよ。「片づけられないのは仕事ができるできない以前の問題」だって。物にはもともとの置き場所があるでしょう? 使ったら元の場所に戻せば、いつも片づいているはずなんです。戻さないから散らかる。それだけのことです。
片づけをしないと、目の前に物があふれて、情報が散らかってしまいます。そうすると今何をするべきか判断できなくなる。だから私はスタッフに徹底して「使ったら戻す」と言っています。キッチンが余計なモノで散らかっていたら、料理は上手くできないと思います。
家庭料理は世界共通
――書籍にはお母様とのエピソードも印象的に書かれていましたね。そもそもお料理は、お母様から教わったのですか?
【ウー】母から料理を教わったことは一度もないんです。でも母は絶品の料理やごちそうを作る人ではなくても、「今日これは食べたくない」と思うような料理は出さなかった。それが私の中にしみ込んでいて、今の仕事につながっています。
――それがウーさんの料理の根本なんですね。
【ウー】そうなんです。母から学んだことは、今の仕事の財産になっているので感謝しています。家庭料理は「教えるもの」ではなく「食べさせるもの」だと思います。
家庭料理は世界共通です。どの国でも、人々を健康にしているのは家庭料理。その国で「医食同源」という言葉がなくても、結局は同じ考え方なんです。
それぞれの国の家庭料理を見れば共通点がたくさんあります。海外で友人の家に招かれて家庭料理をごちそうになると、材料を少し変えれば「中国料理と同じだ!」と気づくことがたくさんあります。
ただ、日本は特別な点もあります。油をあまり使わない代わりに水が美味しい。だから味の構成が少し違うんです。他の国は油のうまみを生かすのに対して、日本は「だし」を基本にしています。お味噌汁などがその代表ですね。
――調味料から料理の方向性が決まっていくのでしょうか?
【ウー】いえいえ、調味料から決まることはありません。大事なのは「素材」です。たとえばニンジンを食べるなら、最終的に味わうのはニンジンの味。塩や醤油や味噌は補助にすぎません。調味料が先にあるのではなく、素材に合わせて調味料を選ぶんです。
素材は赤ちゃんのようなもの。赤ちゃんには何もいらないですよね。成長するにつれて少しずつ必要なものが加わる。素材も同じで、調味料は後から補うだけでいい。できれば素材そのものを楽しめるのが理想です。
――素材を生かすために、だしや油などの使い方が国によって少しずつ異なっているのですね。
【ウー】そうです。中国でもだしをとりますよ。骨からとるので時間はかかりますが、それが基本。さらに油を使って炒めてから煮る調理も多いんです。油は「天然のうまみ調味料」なんです。炒め物も煮物も、まず少し炒めてから煮るのはそのため。だから油の素材選びはとても大事。ただし量をたくさん使う必要はなく、少しで十分です。
(取材・執筆:PHPオンライン編集部 小林実央)