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「語感」を意識して正しいコミュニケーションを!

中村明(早稲田大学名誉教授/元国立国語研究所室長)

2013年02月19日 公開 2023年02月08日 更新

思いをきちんと伝えるための姿勢とは

◇営業の井原さんはいつもぼそぼそと早口でしゃべる。そのせいで、顧客から納品期日の確認が繰り返しあったり、細かいやりとりでの行き違いがあったりと、トラブルを起こしがちだ。顧客との対話を聞いていると、丁寧さにも欠けているように思う。

「自分の思いをきちんと伝える」には、どんな調子でしゃべるかが大きく影響する。同じことばを使うにしても、その言い方によって伝わり方が違ってくる。お礼を言うのにちゃかしたような調子では逆効果だ。お悔やみもとうとうと述べたてては心がこもらない。お詫びのことばも軽快なリズムで述べては駄目。どれも少々言いよどむほうが感謝や悼む気持ちや申しわけなさが伝わり、効果的だろう。

英国では大きな声を出すのは不作法なこととされているようだが、その点では日本も似ている。早口でまくしたてれば、どんなに正しい大仰な敬語を使っても、全体の印象として丁寧な感じにはならない。敬語をたくさんちりばめた手紙でも、なぐり書きをしたのでは相手に対して失礼になるのと同じだ。

ゆっくりと荘重な調子で話すと丁寧に感じられる。鉛筆書きの手紙より万年筆で綴った書簡のほうが丁寧で、毛筆でしたためた書翰などは、それだけでありがたい感じがする。相手の話が終わらないうちに話しだすのは礼儀に反するし、逆に、間をあけすぎるのも相手によけいな気をつかわせて好ましくない。

ごく親しい間柄の場合を除き、相手に聞かれもしない自分のことをべらべらしゃべるのはたしなみがないとされる。プライバシーにかかわることをずけずけ尋ねるのも品位に欠ける。こうしたエチケットに関しては、おそらく国によってかなり差があるだろう。

コミュニケーションにおける相手への配慮は、ことばの問題だけではない。それぞれの文化や国民性によって違う面も多いだろう。日本では、話すときに相手の顔をじろじろ見るのは失礼とされてきた。まともに相手の目を見ることは控えて、ネクタイの結び目あたりに視線を向けて話をするといいとか、顔を見るにしても鼻の頭ぐらいにとどめろとかと言われたものだが、これも時代とともにかなり変わってきたようだ。デスクに向かっているときに上司が近づいて来て話しかけたら、自分もすぐ立ち上がって受け答えをするという作法など、今は忘れられかけているように見える。

きちんと相手の目を見て話すことを求められる英語社会では、目をそむけると心にやましいことがあると思われやすいという。そういう影響もあるのだろうが、最近では日本の社会でも、世代によってこういうマナーに少しずつ変化が見られるようになった。

話すときに相手と向き合う互いの距離もむずかしい。日本人は一般に距離を置くほうだと言われる。近すぎると相手に威圧感を与えるし、遠すぎると敬遠している感じになる。

はっきりしている部分もある。入社試験で面接を受けるときに、机に肘を突いたり、腕組みをしたり、足を組んだりしたら、おそらく合格はおぼつかない。立っているときに後ろで手を組むのも、威張っている感じになる。両腕を体の脇に沿ってまっすぐ伸ばせば神妙に見えるし、前で手を組み合わせればかしこまっているようで礼儀正しく見える。

言語行動・非言語行動を含めて、このような礼儀にかかわる待遇行為全般が、コミュニケーションを支えている。ことばは、その重要な一部を分担するにすぎない。

 

中村 明

(なかむら・あきら)

早稲田大学名誉教授

1935年9月9日山形県鶴岡市の生まれ。国立国語研究所室長・成蹊大学教授を経て母校の早稲田大学の教授となり、現在は名誉教授。
主著に『日本語レトリックの体系』『日本語の文体』『笑いのセンス』『文の彩り』『日本語 語感の辞典』『語感トレーニング』(以上、岩波書店)『作家の文体』『名文』『悪文』『笑いの日本語事典』『文章作法入門』『たのしい日本語学入門』(以上、筑摩書房)『センスをみがく文章上達事典』『日本語の文体・レトリック辞典』(以上、東京堂出版)『小津の魔法つかい』『文体論の展開』『日本語の美』『日本語の芸』(以上、明治書院)『文体トレーニング』(PHPエディターズ・グループ)など。高校国語教科書(明治書院)統括委員。

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