苦手な人のことを思い出すだけで胸がざわざわする...ストレスが溜まっていて、なかなか心が落ち着かない...今までにそんな経験をしたことはありませんか。
そうした状況になると、「幸せを司る脳内物質」が出にくくなってしまうと、脳科学者の西剛志さんは話します。本稿では、苦手な人を思い出すだけで心がしんどくなる仕組みやストレス解消法を解説していきます。
※本稿は、西剛志著『脳科学でわかった仕事のストレスをなくす本』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
脳は恐怖を感じた相手を「危険人物」として記憶する
ストレスは次のようにして発生します。
外部刺激(苦手な人の言動)→扁桃体が反応→ストレス発生
まず、苦手な人からメールが来る、苦手な人の顔を見るなどの外部刺激があり、脳の前頭前野がそれを「危険である」と判断すると、扁桃体の警報ボタンが押されます。原始時代なら、ライオンや毒蛇を見つけたとき、扁桃体が「逃げろ!」と警報を鳴らしてくれるおかげで、人類は危険を回避し、生き延びることができました。ところが現代では、扁桃体は「苦手な上司や同僚」にも警報を鳴らしてしまうのです。
さらに、この扁桃体の反応は、「海馬」という記憶を司る部分にも伝わります。たとえば、会議で上司から「お前は本当に使えないな」と大勢の前で叱責され、前頭前野がこの上司を「危険だ!」と判断すると、扁桃体が警報を鳴らし、情報が海馬に送られます。
そして海馬は「この人物は危険だ」という情報を、長期記憶として脳に刻み込んでしまうのです。一度でも強い恐怖や屈辱を感じると、脳はそれを「生存に関わる重要情報」として永久保存してしまうわけです。
苦手な人は目の前にいなくても、脳をコントロールしてくる
ここからが本当に恐ろしい部分です。脳は「現実」と「想像」を区別できません。つまり、苦手な人のことを思い出すだけで、扁桃体は「今まさに攻撃されている!」と勘違いし、警報を出してしまうのです。
家でゆっくりしているときも、家族や友人と公園や遊園地などで楽しく過ごしているときも、その人のことを思い出すたびに、扁桃体は警報ボタンを押し、脳は戦闘モードになり、ストレスホルモンを分泌し続けます。すると、何が起こるのか。
まず、ドーパミンが出にくくなります。ドーパミンは、脳が「この先に報酬がある」と予測したときに分泌されます。会議で褒められたり、ささいなことでも「成功した」と感じたり、「次はうまくいきそうだ」と思ったりするだけで、ドーパミンが分泌され、やる気や集中力が一気に高まります。
ところが、苦手な人がチームに加わったり上司になったり、無言のため息や見下す視線を浴びたり、「こんなこともできないの?」と否定されたり、「いくら頑張っても、この人にはわかってもらえない」と思ったりして、脳が何度も「もう見込みはない」と感じると、ドーパミンは分泌されにくくなります。そして、目の前にいなくても、そうした苦手な人のことを考えると、やはりドーパミンは出にくくなるのです。
さらに、苦手な人のことを思い出し、ストレスを感じ続けると、オキシトシン、セロトニン、β-エンドルフィンなども出にくくなります。ドーパミンやオキシトシン、セロトニン、β-エンドルフィンなどは「幸せを司る脳内物質」であり、私はドーパミン、オキシトシン、セロトニンの頭文字をとって、これらを「DOS」と呼んでいます。
DOSは、ストレスホルモンであるコルチゾールの働きを抑制し、脳を「ポジティブモード」に切り替えてくれます。また、ドーパミンは集中力と行動力を高め、セロトニンは心を安定させ、最後までやり抜く力を与えてくれます。つまり、DOSがたくさん出ていると、脳はストレスを感じにくくなり、かつ最高のパフォーマンスを発揮できるようになるのです。
逆に、DOSが出にくくなると、「やる気を出そう」と思っても動けず、仕事の効率が落ち、正しい判断ができなくなり、嫌な気分が続いて、何も楽しめなくなります。目の前にいなくても、苦手な人のことを考えてストレスを感じてしまう状態。それは、脳科学的には、「苦手な人に扁桃体の警報ボタンを押され、DOSのバランスを崩され、脳の機能を低下させられている状態」「苦手な人に、自分の脳を良くないほうにコントロールされている状態」だといえます。
苦手な人に四六時中脳をコントロールされ、せっかくの休日さえ楽しめなくなるのは、とてももったいないことだと思いませんか?
ただ、漠然と「ストレスがある」と感じているだけでは、原因や正体がわからず、ストレスは増す一方ですが、「自分がストレスを感じているのは、苦手な人が扁桃体の警報ボタンを押しているためだ」とわかれば、対処することが可能となります。苦手な人から脳が自由になるために有効なのは、以下の2つです。
①苦手な人が自分の脳に侵入できないよう強力なバリアを張る
②自分の力でDOSのバランスを整える
バリアを張ってしまえば、相手は扁桃体の警報ボタンを押すことができません。あるいは、自分の力でDOSのバランスを整えることができれば、たとえ相手からストレスを受けても、それをリセットすることができます。この2つを簡単に実践できる方法を1つお伝えします。
溜まったストレスを一気に消し去る「感情書ききり法」
・やり方:嫌な相手への気持ちを、何も出てこなくなるまで紙に書ききる
・得られる変化:相手への怒りや恨み、ストレスがなくなる
・効く相手:長年恨んでいる相手や、ストレスを感じている相手など
・こんな場面で:長年の怒りや恨み、人間関係の根深いストレスを抱えているとき
感情を書き出すことは、ストレス対策として非常に有効です。たとえば「私は怒っている」と書くだけでも、「ストレスホルモンが低下する」「扁桃体の過剰反応を抑制できる」といった効果が期待できます。
「文字にして書く」という作業を行うには、ある程度の冷静さが必要なため、扁桃体の働きが抑制されます。また、ぐちゃぐちゃした思いを一度文字にして外に出すことで、頭の中が整理で、自分の感情を客観的に眺めることもできます。
1986年、テキサス大学のペネベーカー博士が、感情を書き出すことの効果を科学的に証明して以来、世界中で数多くの研究が積み重ねられてきました。その結果、「メンタルが安定し、医療機関にかかる頻度が下がった」「血圧が下がった」「免疫機能が向上した」など、書くことが心身に及ぼすさまざまな効果が報告されています。「感情を日記に書くこと」をすすめるカウンセラーや書籍も少なくありません。
しかし、人間関係の根深いストレスや、何年も心に突き刺さったトゲのような怒りや恨みは、ただ単に感情を書きだすだけでは、なかなか消すことができません。そこで、私が実践し、クライアントのみなさまにもすすめている方法があります。
それは「もう何も出てこなくなるまで書ききる」ことです。この方法は、私自身の経験から生まれたものです。
私はかつて、長年積もりに積もったある男性へのストレスに苦しんでいました。しかしあるとき、体調を崩し、「怒りが原因で、自分が病気になったのでは」と思ったのを機に、「この怒りを、完全に自分から追い出そう」と決意したのです。「ストレスを感じたら、感情を書き出すといい」と聞いたことがあったため、私は紙とペンを用意し、相手への思いを書き始めました。
「この野郎」「よくもあのとき......」「○○でしまえ」人には絶対に見せられない言葉が、次から次へと溢れ出てきます。書き始めて30分たってもまだ書くことがあり、積年の恨みとはこれほど深いものかと、自分でも驚きました。
ところが、書き続けて40分を過ぎたころ、ついに「もう書くことがない」という瞬間が訪れたのです。その瞬間、私の中で何かが変わりました。以来、彼に対する怒りを感じたことは一度もありません。脳科学的に見ると、この現象には明確な理由があります。
①感情の完全な枯渇
怒りのエネルギーを使い果たすまで書くことで、扁桃体が「もう反応する必要がない」と判断する。
②記憶の書き換え
何度も何度も書き出すことで、「相手=怒り」という神経回路が疲労し、新しい回路に置き換わる。
③認知的完結
「もう書くことがない」という感覚が、脳に「この問題は終了」というシグナルを送る。
つまり、中途半端に書いて終わるのではなく、感情の井戸が完全に枯れるまで書ききることで、初めて脳は「この件は完了した」と認識するのです。
なお、書く際には、できれば感情(悔しさ、怒り、悲しみ、不安など)だけでなく、「あの人はどうしてこんなことをするんだろう」といった思考も同時に書き出すと、より高い効果があります。また、書ききった後の紙について、私は1か月以上机の引き出しの奥に入れて見ないか、シュレッダーやハサミで微塵切りにするか、燃やすことをおすすめしています。
自分の中で、その紙の存在がなくなっていくことにより、「もう自分の中にはない」という確信が生まれます。この不可逆的な行為が、心理的な完結をより強固なものにするのです。心の底から、その人への怒りや恨みを追い出したいと思ったときは、ぜひこの「感情書ききり法」を使ってください。