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生き方

「ダウン症は天使」「お姉さんは立派」岸田奈美さんが気づいた“善意の顔をした呪い”

岸田奈美(作家)

2026年03月06日 公開

「ダウン症だから、大変」「家族はきっと我慢してる」――そんな言葉の奥にひそむ「思いこみ」。岸田奈美さんは、ダウン症の弟との日々をまっすぐに描きながら、その一見やわらかい呪いの正体をひもときます。

善意の顔をした決めつけは、ときにだれかを傷つける。だからこそ、目の前の人をそのまま見ることが大切といいます。笑いとユーモアをまじえながら、思いこみを解きほぐすエッセイです。

※本稿は、岸田奈美著『傘のさし方がわからない』(小学館文庫)から一部抜粋・編集したものです。

 

思いこみの呪いと、4000字の魔法

高校生だったとき。「奈美と結婚しても、ダウン症の弟くんのめんどうを見る自信がない」つき合っていた彼氏がいった。

ショックだったのは、明るい彼の思いつめたような表情でも、予想もしていなかった遠い将来の話題でも、障害のある弟を否定されたことでもなかった。弟はわたしにめんどうをかける存在で、わたしがそのめんどうを見なければならない、という前提が彼の中にあったことがショックだった。

そりゃ弟は、人よりもの覚えがおそいし、しゃべるのは下手だし、へんなこだわりも強い。だけどそれをめんどうだと思ったことはない。算数が苦手とか、身体がかたいとかと、同じじゃないか。おつりの計算くらいわたしがやるし、側溝にボールがつまったらこの可憐な身をよじってわたしがヒョイと取りに行きゃいい。それらの行為を「めんどう」というならば、むしろめんどうをかけているのはわたしだ。

何度も聞いた弟の声を、わたしはすぐに思い出せる。「あーあ。なみちゃん、まーた、わすれとる」わたしは、信じられないほどの落としものをする。SNSで「駅に『卒業生代表・答辞』の紙が落ちてた」と投稿されていて、どこのどいつだそんなアホはと見に行ったら、わたしが落とした答辞だった。落としたことにすら気づいていなかった。

家族の中で、誰よりも早く落としものに気づいてくれるのは、へんなこだわりが強く、几帳面な弟なのだ。

「なみちゃん、くつした、ないない」これも弟がよくいうこと。

わたしのくつしたは、いつも片方どこかへいく。だから仕方なく、両足で違う色のくつしたをはく。部屋の各所に散らばるくつしたを両足まとめて"くるりんぱ"とひっくり返して一組にし、そっと片づけてくれるのも弟だ。

 

めんどうをかけているのは、どちらかといえばわたしの方

「ぼくな、きのうな、つくってん。うまい!」これは弟が電話をかけてきて、開口一番に教えてくれた。ゴールデンウィークで、この世の終わりを待つかのようにゴロゴロと寝てばかりの母とばあちゃんに代わり、弟はハヤシライスをつくったらしい。

食材を切ったのは母だけど、ていねいすぎるほどに炒めてかきまぜたのは弟だ。えらすぎるにもほどがある。一方のわたしは、天かすをめんつゆにひたし、白米に混ぜたものだけで3食いった1日であった。

このようにめんどうをかけているのは、どちらかといえばわたしの方だ。仮にも姉のくせに、なにを堂々と書いているのか。情けなくなってきたぞ。しかしこれはわたしだけでなく母との共通認識、つまり純然たる事実なのだ。

「良太は、奈美ちゃんの役に立つのが好きみたいやで」母のフォローを真に受け、弟に「ガハハハ!どうだ!姉の世話はやりがいがあって、圧倒的な成長の実感があるだろう!」と、まあまあブラックなベンチャー企業のようにふるまっていたら、まあまあ本気で母から「ええかげんにせえ」とどつかれた。

 

ダウン症だからではなく、弟だから、愛している

思い出したことがある。幼稚園を卒園して、すぐ、母がわたしにいった。「お姉ちゃんやからって、我慢しなくていい。弟のめんどうなんて見なくていいし、楽しくなかったら、一緒にいなくてもいい。奈美ちゃんは、奈美ちゃんの好きなように生きて。それがお母さんとお父さんの幸せやから」弟に障害があると知らされ、かわいそうやら、どうしたらいいかわからないやらで、さめざめと泣いた日の夜だった。

弟の苦手なことを、わたしは何度か手助けしてきた。他の姉弟からすると、その回数は多いかもしれない。それでもわたしが、弟と一緒にいる理由はシンプルで。弟といるのが、ただ楽しかったからだ。たまに、わたしたちを見ている人から、ほめられる。

「弟さんを大切にして、お姉さんは立派ですね」こういわれたりもする。

「ダウン症の人は、やっぱり天使なんですね」悪気がないのはわかっているから、わたしは怒らない。ちょっとむずがゆいだけ。

それってさ、「花粉症の男って、天使だよね」「わかる。鼻がつまってるから、こっちの汗のにおいに文句いわないしね」「涙で視界がぼやけてて、ノーメイクでもバレないらしいよ」

「だから花粉症の男はみんな、おおらかで性格がいいんだなあ」っていってるようなもんなのよ。聞いたことあるかい、そんな話を。

意地悪なダウン症の人だっている。ダウン症の家族のめんどうを見ろといわれ、参ってる人もいる。花粉症の男にも、ろくでなしはいるように。声を大にしていいたい。わたしはダウン症だからではなく、弟だから、愛している。

 

変身を遂げた差別を「思いこみ」と呼んでいる

ダウン症の家族を愛せない人もいて、当然だとも思っている。わたしが弟と一緒にいて楽しかったことを書いてSNSに投稿すると、「障害のある家族をもつ人が、全員幸せだと思わないでください」「奈美さんのような理想の家族を見ていると、つらくなります」という嘆きがいくつか寄せられる。

むやみやたらにわたしが見せびらかしている愛は、人から人へと伝わるたびに中身を失って、ときに誰かを静かに切りつけている。刃の正体は「ダウン症だから、がまんして家族を愛しているんだろう」という、思いこみだ。

差別という言葉がある。するどい。聞こえただけでちょっと、ビクッと身構えてしまう。

わたしはなんとなく、あまり使わないし、「わたしは◯◯を差別しています」って、面と向かってドストレートにいっている人もめったに見かけない。障害者差別といえば、障害者がお店を追い出されたり、会社で働けなかったり、そういうとんでもなくおそろしいイメージが浮かぶかもしれない。何十年も前は、そんなおそろしいことも当たり前にあった。いまはたぶん格段にへったというけれど。

でも残念ながら、差別は姿かたちをジワジワ変えて、いまもわたしのすぐそばにいる。世の雑踏に紛れるほどの変身を遂げた差別のことを、わたしは「思いこみ」と呼んでいる。

 

ひとり歩きする情報が、思いこみをつくる

弟と遊園地に行ったとき、3Dゴーグルをつけて立体映像を見ながら走るジェットコースターに乗ろうとすると、係員にあわてて止められた。

「障害のあるお客さまは、暗闇でパニックになると危険です。お姉さんはゴーグルを外したまま同乗して、身体を支えてあげてください」「あっ、うちの弟は大丈夫です。暗いところも平気で、ジェットコースターも大好きなので」「申し訳ありませんが......ご協力をお願いします」

わたしは啞然とした。わたしよりも肝がすわっていて、たくましい身体のどこを、支えなければならないのか。しかもゴーグルを外して、なんも見えないまま。2時間もならんだというのに。弟も「姉ちゃん、どないしてん」みたいな表情をしていた。ほんまに、どないしてん。

車いすに乗っている母はときどき、タクシーに乗せてもらえない。車いすでタクシーに乗りこむのは、時間がかかってめんどうだと思われるからだ。しかし母は、ひとりでエイサと身体をもち上げ、秒で乗りこめる。お高いカーボン製の超軽量車いすは、秒で折りたたんで積みこめる。

彼らには「障害者だから、できないだろう」という思いこみがある。仕方がない。彼らの近くに、障害者がたまたまいなかっただけだ。自分で見聞きしたもの以外は、誰かの見聞きに頼って判断するしかないから。こんだけ情報があふれてる時代、調べたらなんぼでも出てくる。「障害者 パニック」「車いす 介護」と調べると、たいそうなことが書かれている。ひとり歩きする情報が、思いこみをつくる。100%オーガニック熟成濃厚思いこみスープを。

わたしだって、そうだ。思いこみスープを、知らんうちに煮つめていた。写真家の幡野広志さんに会うと決まったとき、わたしはおみやげのハチミツのギフトを渡すかどうか決めかねて、ずいぶんオロオロした。幡野さんはがんの治療中だ。

「がん患者さんは食べものに気をつけているから、おかしなんて渡したらいやみになるかも。でもうっかり買っちゃったしなあ......」ふたを開けてみれば幡野さんの場合、まったくそんなことはなくて。パアッと笑って受け取り「食べた!めちゃくちゃおいしいっ!」と連絡をくれた。幡野さんは好きなものを食べることにしているらしい。

あのとき、わたしが思いこんだまま渡さなかったら、幡野さんはハチミツビスケットを食べられなかった。あんなにおいしいビスケットを。思いこみって、やっかいだ。だって自覚がない。

 

パインバーグはめちゃくちゃうまいんだ

ところで、びっくりドンキーの不人気代表メニューを知っているだろうか。パインバーグだ。ハンバーグにパイナップルなんて合うわけないだろと、おどろく人もいるだろう。でも食べたことがないのにいっているとしたら、それは思いこみだ。れっきとしたパインバーグ差別だ。なにもいわず、びっくりドンキーへ行ってくれ。めちゃくちゃうまいんだ、パインバーグは。はじめて食べた人の3人に1人はやみつきになる味らしい。

世の中には、食べようともしないのに、パインバーグを許せない人がいる。もしかしたら彼らは、増殖するパイン農園に実家の町工場を飲みこまれたとか、パイナップルのあまいにおいがする男に彼女を寝取られたとか、パイナップルで撲殺された前世があるとか、そういうトラウマのせいで食べられないのかもしれない。それは無理して食べなくてもいい。そういう人もいるから。パインバーグ好きは、彼らとは距離をとって、ともに生きるしかない。サンは森で、わたしはタタラ場で暮らそう。

問題なのは。「わたしはパインバーグを食べようとは思わないし、パインバーグをうまそうに食べている連中の気がしれないわ! きっと頭がおかしいのよ! 焼きはらえ!」っておそいかかってくるやつがいること。こわいよ。どういうことだよ。なんでだよ。思いこみは、呪いだ。自分の視界を極端にせまくして、ふらつく足元で、誰かにぶつからせて、ときにしばきあいまで引き起こす。そういう呪いだ。

ダウン症だから、天使だ。家族だから、愛さなければならない。パイナップルとハンバーグなんて、合うはずがない。「こうだから、こうだ」「そんなはずはない」目の前の人に対して、そんな言葉が口をつくようになったら、もう呪いにかかっている。解呪には、魔法の呪文なんて唱えなくてもいい。起きていること、やっていること、いっていることを、まっすぐ見つめるだけだ。

それから好きになるも、きらいになるも、喜ぶも、怒るも、パインバーグのとりこになるのも自由だ。
これを書こうと思いたったのは、わたしが弟をほめにほめまくったツイートをしたら、思いのほかたくさんの人に読まれたから。「書いてないことをポジティブに憶測してほめてくれる人」と「書いてないことをネガティブに憶測して怒ってくる人」がわりといて、自分の書いた140文字に落ちこんだ。あぶねえ、あぶねえ。

わたしは、わたしのために、呪いを解く4000字の魔法の呪文を置いておく。

著者紹介

岸田奈美(きしだ・なみ)

作家

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」選出。

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