「人に頼むのが申し訳ない」「こんなことを聞くのは恥ずかしい」......。そんな優しさや責任感ゆえのブレーキが、自分を追い詰めていませんか?
一般社団法人日本接客アドバイザー協会・名誉顧問の渋谷亜也さんの著書『ヒトもAIも仕事は"引き受け方"が9割』より、お願いという行為に伴う心理的な重圧の正体と、聞くことを「恥」ではなく「自分を助ける花」と捉える効用についてお届けします。
※本稿は、渋谷亜也著『ヒトもAIも仕事は"引き受け方"が9割』(インプレス)より一部抜粋・編集したものです。
「お願いすること」にも、実はエネルギーがいる
「なんだ〜!そんなことならもっと早く言ってくれればよかったのに!」というフレーズ、誰しも言ったこと・言われたことがあると思います。(この本を手に取られている方は、おそらく言われたことの方が圧倒的に多いと思います)。
「他人に何かをお願いをすること」、これ、実はかなりエネルギーが必要な行為です。
・お願いする相手の状況を想像してしまう→相手の負担や気持ちを先回りして考える、やさしい人ほどここで止まる(そういえば、別の案件で大変そうだった、今日はちょっと体調が悪そうだった)
・お願いする内容を、うまく伝えなくては、というプレッシャー→伝え方に不安がある人ほど、″お願い″がハードルになる
・断られるのが怖い、相手に断らせるのが申し訳ない→「頼むこと、頼ること=自分の価値を下げること」のような思い込みがある
・そもそも迷惑をかけたくない→頼むくらいなら自分でやる、「やさしさ」と「責任感の強さ」
「頼む」という行為を自らブロックする感情は、やさしさや気遣いがあるからこそ生まれるものです。だからこそ、お願いするにはエネルギーが必要で、余裕がないときほど「やっぱりいいです」と引き返してしまいやすくなります。
ただ、相手にお願いすることは、相手を信用しているからできること。「(あなたを信用しているので)これをお願いしたい」特に仕事に関しては、職場でのやりとりで可視化されやすいですよね。
......とはいえ、実際の現場ではそう受け取れないこともあります。「丸投げされた」「責任を押しつけられた」と感じる″お願い″のほうが、印象に残っている人も多いかもしれません。
けれど、だからこそ。本当に信頼している相手に向けた「お願い」は、それをやる負荷以上に、プラスの感情を残します。
たとえば、
・いつも忙しそうにしている上司に資料のチェックをお願いしたら、「お、頼ってもらえるってことは、少しは信用してもらえた?」と笑って引き受けてくれた。
・体調を崩した時に同僚に仕事をお願いしたら、「任せて、いつも頼ってばかりだから」と言ってくれたその一言で、自分の肩の力がすっと抜けた。
適度に頼ることは、負担ではなく「信頼の証」です。信用していない人にお願いできませんからね。誰かに必要とされること。誰かの力になれること。それは、お願いを″された側″にとっても、自分の存在を確かめるきっかけになるのです。
仕事を抱えすぎていた頃の私は、自分以外の全員が「味方ではない」と思っていたことすらありました。敵ではないけれど、味方でもない──そんな感覚です。でも、少しずつお願いをしてみたら、ちゃんと受け止めてくれる人がいた。思っていたよりも、世界はずっと優しかった。
だから、ダメ元でも聞いてみましょ。その一歩が、思っていた以上に自分も、誰かも、救うこともあるから。
聞けるうちが花、黙るは枯れ
日本人は「わからないことを質問すること」や「人に頼ること」に罪悪感を抱きやすい文化的背景を持っています。それは美徳として培われてきた「寡黙さ」や「空気を読む力」の裏返しでもあります。
ただ、現代社会、特に実務分野では、その美徳が時に「自滅」につながる可能性があります。加えて、恥の文化(他人の目を気にする)もあり、「失敗を隠す」「知らないことを表に出さない」行動が多くなり、「こんなことを聞いたらバカにされるのではないか」「こんなことも知らないと思われるのか」と、「無知を見せること=評価を下げること」と考え、さらに質問や確認がしにくくなって何も聞けなくなる状況に陥ります。
「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥」という言葉があります。一見すると「わからないことは素直に聞いたほうがいい」という教えに見えるのですが、その前提には先ほど挙げた「聞くこと=ちょっと恥ずかしいこと」という感覚があります。
でも、ふと思ったのです。そもそも、聞くことって本当に「恥」なのか?自分が抱えていた「聞けない」の根っこを、根本的に揺るがす問いでした。冷静に考えると、むしろ「聞かずに、わからないままでいること」のほうがずっと困るし、後から恥ずかしい思いをすることも多いのでは...?
なのに、「質問するのはちょっと気が引ける」「こんなことを聞いたら変に思われないかな」と感じてしまう人は、年齢を問わず意外と多くて、それはもしかしたら、「聞く=恥ずかしいこと」とする感覚が、まだ私たちの中に残っているからかもしれません。
そんなとき、「わからないことを聞ける自分」でいることを、自分で認めてあげましょう。「言ってもらえるうちが花だよ」と、忠告を受けた時などに使われるフレーズがありますが、お願いや確認が必要な時は「聞けるうちが花、黙るは枯れ」。質問や確認をしようとして気持ちが立ち止まった時は、これを思い出していただけるといいなと思います。