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社会

失恋した学生を教授が支える? ケンブリッジ大学が800年守り続ける「学びの仕組み」

PHPオンライン編集部

2026年05月29日 公開


飯田史也教授

2026年4月5日、東京・下北沢の居住型教育施設「SHIMOKITA COLLEGE(シモキタカレッジ)」にて、ケンブリッジ大学・飯田史也教授の新刊『あなたの一生を支える 世界最高峰の学び』(日経BP)の刊行記念イベントが開催されました。

会場となったSHIMOKITA COLLEGEは、登壇者の一人である小林亮介氏が代表を務めるHLABが運営する、日本初のレジデンシャル・カレッジです。高校生・大学生・社会人という異なる世代が寝食を共にし、日常の対話から学び合う「コミュニケーションを通した学び」を実践する場となっています。

本イベントでは、飯田教授、小林氏、そしてモデレーターに篠田真貴子氏を迎え、800年の歴史を持つケンブリッジの知恵と、これからの時代に必要な「学び」のあり方を語り合いました。

本稿では、ケンブリッジの伝統的なフォーマルディナーについて詳細に語られた、セッションの模様をレポートします。

 

ケンブリッジ800年の歴史に「自分が入っていける」という感動

【飯田】ケンブリッジ大学に入ってまず驚かされたのは、800年という歴史の重みです。800年前は、日本でいうと鎌倉時代。その頃から続く学びの形が、現代に受け継がれていることが驚きでした。

800年の歴史の中で、ニュートン、ダーウィン、ケインズ、マックスウェル......。教科書に登場するような偉人がたくさん生まれた。その歴史の中に自分も入っていけるということが、ケンブリッジのすごいところだと思います。

では、ケンブリッジでは具体的にどのような教育をしているのか。実は特別なことをしているわけではなく、「人と人との関わり合い」でそれぞれの学びを深めているのです。

今日、皆さんに一つだけ覚えて帰っていただきたいことがあります。それは、「学びを一人でやらない」ということです。

 

フォーマルディナーの「暗黙のルール」

【飯田】ケンブリッジでは、大学に一歩入った瞬間から、全員が互いの学びに協力し合う仕組みになっています。中でも重要なのが「フォーマルディナー」です。学生が、大学に入って最初に習うことが、正装をしてホールでみんな一緒にご飯を食べるということなのです。日本流に言うと「同じ釜の飯を食う」に近い発想かもしれません。

同じご飯を食べることでコミュニティが生まれますし、学生は自分は一人ではないということを最初に知ります。そしてこの場で最も重要なのが自己紹介です。全く知らない相手に「自分は何者なのか」を話さなければいけません。

見知らぬ相手と自己紹介を交わし、対話を掘り下げていくことで学びは深まります。相手を知り、自分を知ってもらう。自己紹介をきっかけとして、学びを深めるのがポイントです。

【篠田】 そのディナーには、学びを加速させる具体的な「ルール」があるそうですね。

【飯田】フォーマルディナーは外交の食事会に近い厳格なマナーが存在します。フランス料理でスリープレートのメニューの場合、前菜とメインでお皿が変わる瞬間に、話す相手を変えなければいけないという暗黙のルールがあります。ファイブプレートなら5回変える必要があります。これにより、強制的に未知の相手との関係を強めていくという仕掛けになっているのです。

また、カレッジごとにローカルな仕来りも存在します。ワインを飲む時は時計回りに注がなければいけないとか、蝶ネクタイには黒と白があって......というような、半分ジョークのようなものも。しかしこういった仕来りが、コミュニティに帰属することの特権意識や帰属意識を生んでいるのでしょう。


フォーマルディナーを体験するワークショップが行われた

 

 「学びが止まる瞬間」をチームで支える


篠田真貴子氏

【篠田】具体的に、コミュニケーションはどのように学生のモチベーションを支えているのでしょうか。

【飯田】 ケンブリッジの特徴は、一日の密度が極めて高いことにあります。通常の大学が一日かけて教える内容をわずか半日で終え、午後は徹底的に宿題や読書に充てる。夜まで予定を詰め込み、土日も休むことはありません。教員側も休養を許されておらず、限界まで詰め込む環境です。

この過酷なスケジュールを乗り切るために、教員は学生に付きっきりでアドバイスを行います。学業の相談はもちろん、「部活動をどう予定に組み込むか」といった相談にまで踏み込みます。教員だけでなく先輩たちも加わり、チームで学生に伴走する仕組みができているのです。

例えば、課題にどうしても時間がかかってしまう学生がいたとします。そんな時、「なぜ時間がかかるのか」を教員は考えます。単なる学力不足か、集中力の問題か、あるいは表には出てこない慢性的な寝不足が原因なのか。

本人の口からはなかなか出てこない悩みも、友人に話を聞いたりして、「最近、彼はいつも眠そうだ」といった情報を仕入れたりすることで原因を可視化し、チームで対応にあたります。

以前、8週間の学期の真っ只中に、彼女と別れてしまった学生がいました。本人は何も言いませんが、周囲からは情報が入ってきます。案の定、2週間にわたってパフォーマンスが下がってしまいました。学期の4分の1に相当するこの2週間は、学生にとって非常に大きなロスです。しかし、彼女と別れたらやっぱり勉強なんてできないですよね(笑)。

そんな時は他の教員とも連携し、2週間は大目に見る。その代わり、その後の遅れをどう取り戻すかのバックアッププランを共に立てます。

このように、学生が抱える多様な悩みにチームで対応していく。これこそが、ケンブリッジがコミュニケーションを通じて学びをサポートしている実例です。

 

AIでは代替できない理由

【会場からの質問】生成AIが浸透している中で、生身の人間が介在する意義とは何でしょうか。

【飯田】AIは今までの教材やツールと比べて格段に進化した学習ツールになることは間違いありません。

ただ、生身の人間を超えられるかというと、まだ相当先だと思います。なぜかというと、教える側と学ぶ側でコミュニケーションのループを作ることが学びを加速させる上で重要なのですが、そのループの相手としてAIは物足りない。

たとえば彼女と別れた学生が目の前にいた時、人間味のある対応をしなければいけません。友達に声をかけて面倒を見てもらうとか、他の先生に「今こういう問題を抱えているから厳しくしないで」と頼むとか、裏でいろんな手配をするわけです。そういった対応は、きっとAIにはできないですよね。

人間と人間との付き合いは、ケンブリッジであろうと他の大学であろうと、根本的に大切な要素です。

最初にお話ししたように、一人で学ばない。周囲を巻き込む。それが学びの本質なのかなと思っています。

 

著者紹介

飯田史也(いいだ・ふみや)

ケンブリッジ大学教授

1974年、東京生まれ。ケンブリッジ大学工学部教授、ケンブリッジ大学コーパスクリスティカレッジフェロー、東京大学大学院工学系研究科教授。理学博士。小中・高・大・院と日本で教育を受けたのちに海外留学生活を始める。2006年にスイス・チューリヒ大学博士課程修了後、ドイツ・イエナ大学と米国・マサチューセッツ工科大学で研究員、スイス連邦工科大学チューリヒ校の教員を経て2014年より現職。研究の専門分野はロボット工学で、スイスと英国で16年間教壇に立ち、200人以上の教え子を世界中に輩出してきた。

篠田真貴子(しのだ・まきこ)

エール㈱取締役

東京都生まれ。慶應義塾大学経済学部卒、米ペンシルベニア大ウォートン校MBA、ジョンズ・ホプキンス大学国際関係論修士。日本長期信用銀行、マッキンゼー、ノバルティス、ネスレを経て、2008年12月より18年11月まで㈱ほぼ日(旧・東京糸井重里事務所)取締役CFO。退任後「ジョブレス」期間を経て、20年3月よりエール㈱の取締役に就任。社外人材によるオンライン1on1を通して、企業の組織改革を支援している。

小林亮介(こばやし・りょうすけ)

HLAB創設者/代表

米ハーバード大学卒、米スタンフォード大学経営大学院MBA、同教育大学院修士課程修了。19歳でHLABを創設。教育ビジネス·大学経営を専門とし、多様な学生や若手研究者、ビジネスパーソンが共に学ぶ寮「カレッジ」を軸とした教育環境デザインに従事。米EdTechスタートアップや全寮制インターナショナルスクールの立ち上げ、PEファンドでの投資実務を経験し、現在は大学や事業者、行政と協業して「HLAB COLLEGE」やサマースクールを全国で運営。大学経営の視点から、次世代育成と科学技術にお金が流れるを仕組みづくりに尽力している。本業の傍ら、海外大学進学の奨学金設立や個人でも若手研究者·学生への指導も行っている。三極委員会『ロックフェラーフェロー』、Forbes Under 30などに選出。

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