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『不思議の国のアリス』が母との橋渡しに 岸田奈美×小川公代が語る“物語とケアの関係”

岸田奈美(作家),小川公代(上智大学外国語学部教授)

2026年04月30日 公開

「100文字で済むことを2000文字で書く作家」と自称し、『傘のさし方がわからない』(小学館文庫)をはじめ、発表するエッセイや小説が常に話題となるのが岸田奈美さんです。岸田さんが主宰するポッドキャスト番組「岸田奈美のおばんそわ」に、初のゲストとして登場したのは、ケアに関する言説を幅広く展開する上智大学教授・小川公代さんでした。

後編でおふたりの話は、ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』を介して話すと母親との衝突をプラスにできた話、ケアする側とされる側の葛藤、「ゆっくり歩く」ことの大切さを見出していくエピソードなどへと広がっていきます。同じ環境と問題を共有し、お互い「打てば響く」状態のおふたりによるトークの様子を、ご紹介します。

構成/山内宏泰

 

病の本質は「できていたことができなくなる」ことの傷

【岸田】『ゆっくり歩く』でもお母様の話がたくさん語られていて、小川さんにとってその関係性は重要で、また大きい転換点にもなっているのだと感じます。パーキンソン病になられているお母さんを見て、どういう病気だと思われました?

【小川】腕や足、顔などが激しくふるえる「振戦(しんせん)」の症状が出ます。最初のころは1日に数時間かちょっとふるえるかなという程度でしたが、年を経てだんだん深刻になっていき、頭の先から足の先まで全身がふるえてほとんど止まらない状態で、硬直も酷いです。そうなると、ケアを必要とする場面がすごく多くなります。

最初のころは母も料理ができたのでひとりで暮らせたのですが、だんだん包丁も握れなくなってくると、だれかがそばにいて食事を作らなくてはいけなくなって。数年前に和歌山から東京に来て、私の家の近くのサービス付きマンションに住むことになりました。ある程度の自由とサポートがどちらも得られる環境は大事ですね。「あわい」の世界を実現するには、このような施設がちょうどよいのかもしれません。介護施設だと過保護になりがちなので。

【岸田】それ、よくわかります。うちの母がミャンマーに行ったとき「ちょっと居心地が悪い」と言っていました。ミャンマーの人は「自分の徳を積むため」に、何から何まで助けてくれるので。

私の母は、心臓の病気の後遺症による下半身麻痺です。下半身麻痺が「こういう病気です」という説明はできるんですが、病の本質は「できていたことができなくなる」ことの傷だと私は感じています。「できていたことができなくなる」のが自尊心をどれほど削るのか、母を見て実感しています。

【小川】『ゆっくり歩く』のなかでは、ルイス・キャロル『不思議の国のアリス』の話を母に語って、「できていたことができなくなる」ことについて母と対話した内容を紹介しています。何でも自由にできる健康体だった母が病気になって、当たり前と思っていたことができなくなったとき、その変化をどう受け止めたらいいのかを、文学作品の物語を借用して考えていくという。

【岸田】文学作品をフックにして、お互いへの理解を深めていくという親子関係はおもしろいなと思いました。

 

『不思議の国のアリス』を介していまの母と話す

【小川】うちはもともとすぐ衝突する母子関係でした。二人の間で「タブーワード」もあります。「これが一番いいに決まってるやん」などと言ってしまうと、母親は悲しそうに「あなたはわかったような口をきいてるけど、パーキンソン病のつらさがわかるの?」となる。

そういうときは「いや、ごめんごめん! もう一回ちょっと巻き戻します」と言ってやり直します。「こうしたらいいんじゃない?」じゃなくて、「そういえば『不思議の国のアリス』って物語知ってる?」というふうに言うんです。

家族間で「タブーワード」を言ってしまって口論になることってあると思うんですが、「衝突しない方法」をぜひ皆さんにお伝えしたい。自己と他者の身体が違えば、わかり合えなさは絶対に生じます。お互い何とかしたいと思っているはずですが、乗り越える方法論が見つからないのです。

母の場合、娘にわかった気になってほしくないと思っているし、私としても「お母さんの気持ちわかる」とは言えない。結局「わからへん」と言うしかないのですが、そう言った瞬間、冷たく拒絶したように聞こえるわけです。もう八方塞がりです。だから先ほど言ってくださったような、「自己と他者のあわいを揺れながら葛藤する」という態度が必要になります。

さらには、揺れながら葛藤するプラットフォームも必要となってきます。それが文学です。そこにとりあえず物語の登場人物に仮託するんです。

たとえばルイス・キャロルのアリスの物語を、私は、ままならなくなる身体の象徴として使いたいわけです。母親は自分の身体をコントロールできず、信用できない。思えばアリスもまったく同じシチュエーションなんです。アリスは身体が大きくなったり小さくなったりしますが、それを自分でコントロールできていない。

【岸田】その話を聞いたら、お母様は「あっ、これは私の物語だ」と気づくんですか?

【小川】それ以前に「アリスは身体がままならなかった」ということに母は驚愕します。大きくなったり小さくなったりするのは知っていたけど、そのことに苦しんでいるとは思っていなかったようで。

アリスは自分の身体をコントロールできないつらさから、泣いてしまいます。その姿と母の生きづらさがぴったり重なった瞬間を私は見ています。文学というプラットフォーム上で語り合っていれば、私は「お母さんのことわかった」とか「わからない」とか言わないで済みます。「私は少なくともアリスの気持ちはわかるよ」と言えばいい。

アリスが泣いているとき、芋虫が出てきて哲学的な問いを投げかけます。「お前はだれだ」と。母親は以前から「もう元の本当の私は死んでいる」と私にこぼしていましたから、「でもさお母さん、芋虫ってそもそも蝶々になる虫だよね。虫から蝶々に変化するのが当たり前の世界で、『どっちが本物?』なんてだれも考えないよ。お母さんが、前のいろいろできていた自分といまのできない自分を比べるのも、おかしくない?」と言ってみると、母は目から鱗が落ちたような顔をしていました。

【岸田】お母さんの気持ち、なんだかわかる気がします。アリスの物語が「病気でつらくてもがんばって生きようね」と言うのを目的につくられた話だったら、たぶん響かなかったんじゃないですか。「どうせ啓発でしょ」みたいになって。

アリスの話は作者がおもしろいと思って書いた話なんだけど、それが小川さんの「ケア」の視点から見れば、人間の本質的なところを表す物語としても読める。お母さんからしたら、「この物語に当然のように書かれているということは、私のこの苦しみは他の人にも理解してもらえることなんだ」と実感できたんだと思います。

【小川】文学には普遍性が必ず含まれています。アリスの物語にも、人間も生きものも生きているかぎり必ず変化する、といったメッセージがあるのだと思います。変化を受け入れられるためにはどうしたらいいかみたいなことを、ひとりで悩むのではなく、文学を介してだれかとしゃべるのが大事です。そうすると、母の苦しみを一瞬だけでも忘れさせることができます。

 

日頃の私たちはとかくせっかち

【岸田】『ゆっくり歩く』ではタイトルの通り、ゆっくりしか歩けないお母様といっしょに歩く話も出てきます。井の頭線のホームで、出発ベルが鳴っているときに「早く行かなきゃ、でも早く行けないし」と焦っていると、車掌さんが「ゆっくりでいいですよ」と言ってくれて救われた......、と書かれていますね。運行時刻を守り管理するべき立場の車掌さんが、お母様の姿を見てぽろっと本音を言ってしまうのがいい。

【小川】そうですね。車掌さんも「よし、いいことをしよう」みたいなことで言葉を発すると、わたしたちも感動などしない。「こんなふうにしよう」と計算しても、うまくいかないものです。偶発性が大事なのでしょう。

井の頭線といえば、岸田さんの短編小説『どんヤナギの回復速度』を拝読しました。そこには『ゆっくり歩く』で私がどうしても伝えたかったことが、たくさん含まれていました。

【岸田】ありがとうございます。小学生のころからどんくさかった男の子が電車の運転手になって、遅れてきた乗客を待つか待たないか......という話ですね。

【小川】日頃の私たちはとかくせっかちで、早く成果を出さなきゃとか、効率よくやらなきゃとばかり考えています。でも本当は、ちょっとした時間くらいなら相手を尊重するために使うことはできるはずなんです。

そして相手を待つというのが、いかに大事なことか。最近ではそういう物語が語られなくなりつつありますから、そのあたりに目を向けさせてくれる岸田さんの作品は、これからもっと注目されていくのだろうと思います。

【岸田】ありがとうございます。ぜひ皆さん『ケアの物語―フランケンシュタインから始める』も『ゆっくり歩く』も読んでみてくださいね。

著者紹介

岸田奈美(きしだ・なみ)

作家

1991年生まれ、兵庫県神戸市出身。大学在学中に株式会社ミライロの創業メンバーとして加入、10年に渡り広報部長を務めたのち、作家として独立。 世界経済フォーラム(ダボス会議)グローバルシェイパーズ。 Forbes 「30 UNDER 30 JAPAN 2020」選出。

小川公代(おがわ・きみよ)

上智大学外国語学部教授

1972年和歌山県生まれ。上智大学外国語学部教授。ケンブリッジ大学政治社会学部卒業。グラスゴー大学博士課程修了(Ph.D.)。専門は、ロマン主義文学、および医学史。著書に、『ケアの倫理とエンパワメント』『ケアする惑星』『翔ぶ女たち』(以上、講談社)、『世界文学をケアで読み解く』(朝日新聞出版)、 『ゴシックと身体』(松柏社)、『ケアの物語 フランケンシュタインからはじめる』(岩波新書)、『100分de名著 ドラキュラ』(NHK出版)などがある。訳書に『エアスイミング』( シャーロット・ジョーンズ著、幻戯書房)、 『メアリ・シェリー』(シャーロット・ゴードン著、白水社)など。

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