「紙の教科書こそ最高」という思い込み デジタル教育批判に欠けた視点
2026年10月26日 公開
2000年に始まったOECD(経済協力開発機構)の国際学力調査「PISA」。世界各国の15歳を対象に、数学や科学、読解などの能力を測る調査です。2003年の調査で日本の読解力の順位が下がると、「PISAショック」として大きな話題となり、学校教育では読書活動の推進や、文章を読み解いて自分の考えを表現する力の育成が重視されるようになりました。
その後、PISAではパソコンを使った調査が導入され、インターネット上の情報を読み解く力も問われるようになります。こうした変化も背景に、2019年には児童・生徒に1人1台の端末を整備する「GIGAスクール構想」が打ち出され、学校教育のデジタル化が進みました。
では、こうした教育政策の変化によって、日本の子どもの読解力はどうなったのでしょうか。また、近年議論を呼んでいるデジタル教科書への批判は、果たして妥当なのでしょうか。書籍『「若者の読解力低下」というウソ』より解説します。
※本稿は、飯田一史著『「若者の読解力低下」というウソ』(集英社インターナショナル)より内容を一部抜粋・編集したものです
読解力向上のためにノートPCやタブレットを学校に配布
読書推進政策は、直接的に読解リテラシーに関係がありそうな感じがするはずだ。
記述・論述や探究学習というアウトプット重視の教育改革も「読んで理解したうえで文章を書けないと、読解リテラシーがあるとは言えない」と考えれば、わりとすんなり理解できるものだろう。
しかし、読解リテラシーとコンピュータにどんな関係があるのか。ピンとこないひとも少なくないかもしれない。
だがPISAでは、2009年調査から印刷したテキストだけでなく電子テキストも扱わせ、2015年以降はデジタルデバイスを用いた回答(コンピュータベースのテスト。CBT)に切り替わった。
PISAでは、テストを受けた子どもたちが、将来、生活および労働でいろいろなタイプの資料(申込書などの各種書類、広告など)を読んで理解し、自分の意見を書くことを想定している。そのときPCの操作ができなければ話にならない。だから学校でも当然それができるようにしてしかるべきだ、というわけだ。
文科省が発行する「初中教育ニュース(初等中等教育局メールマガジン)」第373号(2019年12月
24日配信)に寄せられた「【矢野 文部科学省大臣官房審議官(初中教育担当)特別寄稿】PISA調査2018とGIGAスクール構想」を見てみよう。
矢野和彦審議官(当時)は、事実関係以外の主観的な表現は個人的な見解であり、文科省の方針とは必ずしもイコールではない、と断りながらも、この記事は、おおよそ以下のように理由をまとめている。
PISAでは、2015年調査で初めてPCを使ったテスト(CBT)が導入され、2018年調査で本格的なものになった。
2015年調査は単純にPCを使っただけであり、本や新聞など出所や校正・校閲がしっかりした書きもののなかから「情報を探し出す」「字句の意味を理解する」「統合し、推論を創出する」「内容と形式について熟考する」といった、従来型のPISA型読解リテラシーを問うものだった。
だが、日本の子どもはPCの操作に不慣れであったためにランキングが落ちた。
さらに2018年調査では、オンライン上のブログや投稿文、宣伝サイト、メール文などについて、「質と信ぴょう性を評価したり」「矛盾を見つけ対処したりする」ことも求めた。問題自体もその7割がPC使用型調査のために開発された新規のものとなった(図1-6、1-7)。
2015年までとは大きく変化し、フェイクニュースがはびこる時代に対応する「情報活用能力」をも求めるようになった。
ところが、OECD諸国に比して、日本の子どもはゲームをはじめとする遊びにはデジタルデバイスを多く使っている。しかし「宿題をする」「学校の勉強のためにインターネット上のサイトを見る」「関連資料を見つけるために授業後にインターネットを閲覧する」といった学習に使用するひとの割合が非常に少なかった。
かように、日本では子どもに対するPC等の端末整備、活用状況、ネットワーク整備の充実度がOECD各国のなかで非常に低く、デジタルデバイスの活用法が家庭、学校であまり教えられていないがために十分な回答ができなかった。
結果、読解リテラシーのスコアが低く出たというのが調査の「きも」だ。
以上のように矢野は主張した。いまや新たな読解力(従来のPISA型読解リテラシーと情報活用能力のハイブリッド型)が学校教育で求められるようになり、それに応えるのがICTも活用した教育スタイルへの移行を意図するGIGAスクール構想なのだと結論づけている。
こうしたねらいのもと、児童・生徒に1人1台端末を配布するGIGAスクールが導入された。
デジタル教科書批判が見落としているもの
さて、政策変更を実施したあとのPISA2022の結果はどうなったか。
日本の読解リテラシーのランキングはOECD内2位に浮上する。スコアを見ても、OECD平均は下落傾向が続いているが、日本は2022年にV字回復した(図1-8)。
新型コロナウイルス感染症の流行によってGIGAスクール導入は前倒しされ、いまでは小学生でさえプレゼンテーション用のソフトウェアを使って発表する。調べ学習・探究学習のための事典サービスや電子図書館サービスを、1人1台端末で利用する子どもも増えている。学校司書はデジタル、アナログ両面から調べ学習のサポートもしている。
デジタルリテラシーは、読解リテラシーの前提である。
こうした流れもあって、1人1台端末の利用を促したGIGAスクールにつづいて、2024年度から小中学校の英語(小学5年生〜中学3年生)でデジタル教科書が先行的に導入され始め、次期学習指導要領の改訂が見込まれる2030年度から本格的に普及・定着させるロードマップが描かれている。
デジタル教科書とは、紙の教科書の内容をタブレットなどの端末で表示・操作できるデジタルデータの教材だ。
日本のメディアでは「ヨーロッパでは『子どもの集中力や深い読解力を失わせている』という懸念から、デジタル教科書をやめて紙の教科書に回帰している」と報じられ、デジタル教科書批判がマスコミ、教育界、世間のいずれからも噴出している。
しかしPISAを踏まえるならば「15歳時点でPCやタブレットは使いこなせて当たり前。それらを使って学び、さまざまなタスクがこなせて当然」だとOECDは判断していることになる。「デジタル教材を教育現場からなくせ」と言うのであれば、その結果PISAの読解リテラシーのランキングが下がっても文句を言うべきではないのだが、そういう覚悟をもって言っている人間はほとんどいない。
「コンピュータを使った学習では通知が多くて気が散る」「紙の教科書のほうがデジタルのテキストを読むより記憶に残りやすい」「スティーブ・ジョブズは自分の子どもにタブレットをさわらせなかった」「ヨーロッパではデジタル教育から教科書とノートへの回帰が起きている」などといった話を聞いて一知半解のまま「紙とエンピツでの学びこそが最高だ」とアナログ万能論を語るのは誤りである。
もちろん、紙とエンピツで学んだほうが有用な分野もある。通知や関係ないウェブサイトを覗くことで集中力が削がれるなら、通知やWi-Fiを切るなり、アプリの利用制限機能を使うなりすべきだ。
紙がいいのか、デジタルがいいのかを二者択一で考える必要はない。どんなツールにも一長一短がある。ひとによって合う/合わないもある。
私はデジタル教科書が万能だとは思っていない。ただ、日本のデジタル教科書批判論者は、デジタル教科書が持つアクセシビリティの高さを、紙の教科書だけでどうやって実現するのかについてほとんど何も答えられていない。
本のアクセシビリティとは、感覚や身体・学習面などにハンディキャップのあるひとも含め、誰もが読みたいコンテンツに無理なくアクセスし、利用・操作できるようにする考え方と実践のことだ。
デジタル教科書や電子図書館サービスは紙の本よりもアクセシビリティ対応が進んでいる。文字の拡大、音声読み上げ、書き込み・保存機能などがある。
また、電子書籍の音声読み上げ機能(TTS)を用いて文字を目で追いながら同時に耳で音声を聴くことは「マルチ感覚学習」と呼ばれている。これは障害の有無にかかわらず、視覚・聴覚・触覚などを統合することで、内容を理解し、記憶に定着させる効果がある。
日本で「教育現場でのデジタルデバイスの使用制限を打ち出した」と報じられているスウェーデンだが、一方では、生まれつき字を読むのが苦手な特性を持つ発達性ディスレクシアをはじめ、読字に困難がある児童・生徒は、デジタル教科書やCBT(コンピュータベースのテスト)のソフトウェアに標準装備されている読み上げなどの電子的な支援ツールを使用して学習し、また、試験を受けてもいる。
音声読み上げ機能を使わないと、漢字の読み書きに困難があって紙の教材だけでは頭に入ってこないひともいる。さまざまな特性に対応でき、「字を読む」以外にも「聴く」「見る」「さわる」といった複数の方法で学べるアクセシビリティの高い教材の典型がデジタル教科書であり、電子図書館で提供される電子書籍である。
北欧の動向を「紙か、デジタルか」の二者択一で「紙に回帰した」と理解するのは誤りだ。実際にはどちらも推し進め、学習の目的や児童・生徒の特性に合わせて使い分けられる環境づくりにとりくんでいる。にもかかわらず、日本の報道やソーシャルメディア上の議論では、アクセシビリティという観点が抜けた状態で紙の礼賛が横行している。
ひとと場合に応じて、どういうものがふさわしいのかは、うまく組み合わせながら使い分ければいい。いまの日本の法律の建て付けでは、自治体レベルで紙・デジタル・併用のいずれかの教科書を選ぶことになっているが、それだけでは不十分だ。個々人のレベルで選択できるようにしなければならない。