石原慎太郎・戦後70年の回顧―歴史の十字路に立って
2015年06月19日 公開 2023年02月02日 更新
ある戦争未亡人のつくった歌
平成24年10月。私が任期途中で都知事を辞し、国政復帰という挙に出た一番強い所以を改めて明かせば、それ以前に靖国神社で聞いた90歳になる戦争未亡人のつくった歌に強い共感を覚えたことにあった。
彼女は歌っていた。
『かくまでも 醜き国に なりたれば 捧げし人の ただに惜しまる』と。
この方は20歳前後で結婚され子供ももうけた。しかし、御主人がすぐ戦死し、その子供も恐らく父親の顔を見ていはしまい。戦後は亡夫の両親の面倒を見、やがては子供も結婚し孫も出来、曾孫も出来たかも知れない。その人が90を超えた今この日本を眺めてこの歌をつくられた。私の家内の父親も、家内が母親のお腹にいる間に戦死している。家内の母親は早世してしまったが、もし今も生きていたならきっと同じ感慨を抱いたに違いないと思う。
こうした日本の醜い姿を外国が眺めて軽蔑し、強い侮りとなって日本に対し理不尽な言動を仕掛けることを我々はもはや何とも思わなくなってしまっている。かつては領土を不法に奪われ、今また領土を侵犯されようとしてい、近い過去には多くの同胞が拉致されてある者は殺されある者は還ることも出来ずに行方も知れずに放置され、それらの相手国はいずれも核兵器を保有し我々への恫喝を続けている。こうした情けない祖国の実態を眺め、この戦争未亡人があの戦のために死んだ御主人を、自分の青春を想起しながらただに惜しむという心情を吐露されたのは、私には、むべなるかなという気がしてならない。
喪われしアイデンティティ
一体なぜ日本人はこんなになってしまったのだろうか。それを考えると、結局私自身の人生、精神史を辿ることにもなる。
かつてある雑誌編集者が、今の日本人を「世代」という規尺で識別すれば、あの敗戦を屈辱と感じている者と、しからざる者たちとの違いと言っていたが、いかにも重く正しい気がする。客観的にあの戦争の歴史的な意味を考えることと、その敗戦を口惜しく思うこととは決して矛盾などしはしない。少なくとも私はあの戦に敗れたことが口惜しかったし、その後に目にした諸々の呆気ないほどの変節を疎ましい、というより未だに許せぬものと思っている。
この今になればなるほど、あの敗戦という民族としての処女体験が日本に与えた影響の深刻さに改めて気づかされる。そして戦勝によって日本に新規にやって来た、それまでの天皇にも勝る絶対的統治者のアメリカが、ともかく2発の原爆投下まで闘い通した、ヨーロッパ近代文明の繁栄下ではいかにも異形異端の存在だった有色人種の手になる唯一の近代国家日本を、ドイツなどに対するのとはまったく違う思い込みで徹底的な解体を施した過程で、我々は精神構造だけにとどまらずその下意識までをも改竄されてしまったのだと思う。
私の畏友江藤淳がその著書『閉された言語空間』で戦後占領期についての研究で明らかにしたように、たとえばそれはあの戦争を当時の日本人がそうと認識した「大東亜戦争」ではなく、戦勝国アメリカの「太平洋戦争」として上書きされたことに端的に現れている。敗戦とその後の連合軍による占領政策が日本人にどのような影響を与えたかについては徹底的な検証が必要だが、未だにそれは聢とはなされていない。
日本が再び強力な軍事国家として蘇生することを何よりも恐れたアメリカのオブセッション(強迫観念)は、戦後70年を迎えた今も彼らの潜在意識にある。かつて彼らのそうした懸念というより恐怖がつくりだした日本国憲法がいかなるものであるかを日本人はそろそろ悟らねばなるまいに。国家としての自分の運命を他国の手に預けて顧みぬということ、つまり自分自身への責任の放棄をこそ最高の理想として謳った国家の最高規範が暗示し、象徴するものは何か。それは突き詰めれば、いかなる無責任、非責任、変節も許されるのだという日本国民全体の暗黙の合意だった。それが我々の下意識に拭いがたく存在し、それどころかそれが表層の意識として、露骨に現れてきたのが今日の平成という時代なのではなかろうか。
日本人はあの敗戦によって本来のアイデンティティを喪い、代わりに何を得たというのか。アイデンティティの自覚は価値の問題につながる。一体日本人は歴史的に何を大切と感じ、何を守ろうとしてきたか。それを顧みないままグローバリゼーションなどという、その実はアメリカナイゼーションに過ぎない渦に抗うことなくのみ込まれてしまうとすれば、それは一個の日本人としての自己存在を喪失することに他ならず、そしてその時、そこに存在するのは我々のマスターとしてのアメリカ人なのかといえば、所詮は帰属不明なエイリアンに他なるまい。
その意味からも、敗戦の日から70年が経とうとしている今も、私はあの突然の敗戦の後、大人たちがいかに周章狼狽したかの記憶を拭い去れずにいる。物事の価値というものがこんなに敢え無く、守ろうという意志の萎えたままひっくり返ってしまっていいのかという感慨ばかりを味わわされた。フラッシュバックを繋ぎ合わせるようなものになろうが、少年期の記憶からそれを辿ってみる。