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古田敦也氏が回想する、対極的だった「野村監督と若松監督のリーダーシップ」

古田敦也

2016年04月22日 公開 2020年03月12日 更新

組織のリーダーは誰しも、自らの指針、チームの向かうべき方向性を定めなければならない。新たにリーダーに任命された時に、組織を率いていく方法を見定めるにはどうすればいいのか。

※本稿は、古田敦也著『うまくいかないときの心理術』(PHP新書)より一部抜粋・編集したものです。

 

リーダーシップに正解不正解はない

リーダーに任命された時、自分なりのリーダーシップをどう発揮していくのか。

やはり組織として、あるいはチームとして、良い結果を追い求めていかなくてはならないということが基本になります。その上で、無理に自分のオリジナルのリーダーシップを確立しようとする必要は全くないでしょう。

情報が閉ざされた時代ならば、全く新しい考え方を生み出す必要はあったのかもしれませんが、本やインターネットなど情報が氾濫している現代においてはむしろ何の影響も受けない方が不自然です。それらの情報の中にはいい方法も溢れているのですから、利用しない手はありません。

自らの経験則も含めて、過去の良きリーダーの考え方、行動、人心掌握術などの情報を取り入れて、自分の置かれた環境に当てはめればいいと思います。

オリジナルにこだわるあまり情報を閉ざしてしまうより、先人の良いアイデアを自分の環境に照らし合わせて判断していく、それこそが自分なりのリーダーシップということになるのではないでしょうか。

 

誤解されやすかった「野村監督の考え」の核心

僕が経験したリーダーシップと言うと、まずは野村監督ということになります。

9年間「ID野球」というスローガンのもとお世話になりました。ID野球というのはデータ重視の野球ということで、当時脚光を浴びましたが、これはあくまでもキャッチフレーズみたいなものです。

僕たちはデータを駆使し、準備段階から相手の考え方や傾向への対策を練り、さまざまな事柄をインプットし、先読みするという野球を目指しました。身体だけでなく頭も使って、考える野球を遂行しようというコンセプトです。

しかしこういうことを大々的に提唱してしまうと、人間、どうしてもテクニカルなことを優先してしまいます。データをもとにやっていればうまくいくんでしょうという考え方だけに特化してしまう。

現実的にはこれではうまくいきません。やはり相手がいることなので、データさえあればいいという甘い考えでは、全力でぶつかってくる相手に対してどうしても受け身になってしまう。そうすると、後手になってしまうというジレンマにぶち当たります。

ここを誤解されやすいのですが、実際の野村監督の考えは違いました。野村野球の根底では、やはり向かっていく気持ち、生活がかかっているのだから絶対に負けないというプロの闘志、そうした気迫や気概を前面に押し出す姿勢が求められました。

根底がそこにあって、その上にちょっと頭を使ってもう一歩前に行こうという考え方です。もっとシンプルに言うと、がっぷり四つでは勝率は5割以下だけど、頭を使う方法を加えて5割以上にしていこうというのがID野球の実態でした。

野村監督のリーダーシップはシンプルに教育が中心です。徹底的に教え伝えることで選手の成長を促します。野球以前に、一社会人としての立ち居振舞いから正していきます。

その上で、ミーティングを重ねることで求心力を高め、チームの目的を事細かく説き、一人一人が優勝を目指し一丸となる組織を作り上げました。

野村監督のこの方針は、これまでのリーダー像とは一風変わっているので、選手は面喰らいました。当時は体育会の雰囲気が全盛でしたので、リーダーといえば声高に叱咤激励し、「気合いだ!」「自分に負けるな!」といったわかりやすい言葉でぐいぐい引っ張るタイプが主流でした。

ところが野村監督は大きな声を上げることもなく、これまで勉強とは縁遠かった野球選手に対して、キャンプ中には毎日毎日最低1時間のミーティングを行い、野球以外のことを含めて諄々と説きました。

野村監督は選手時代、ベストナインに19回も選ばれたという実績もありましたから、「この監督の話さえ聞いておけば、強くなれる、成長できる、勝てる」と信じて、この監督についていこうと決意しました。球界では極めて新しく珍しいタイプのリーダー像だったと思います。

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対局のリーダーシップだった若松勉監督

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