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日本有数のコインパーキング企業を育てた59歳起業家の人材育成と活用法

野坂弦司(日本システムバンク創業者)

2017年02月23日 公開 2023年01月12日 更新

がんになった社員とともに働く

人間に差はない、どんな人でも同じだと標榜しているからでしょうか。当社には実に多種多様な人材が集まってきます。倒産企業の社員、三流と言われるような大学しか出られなかった人、中には倒産企業の経営者だった人もいます。

ある日、「自分を雇ってほしい」と私のもとに面接にやってきた人物がいました。履歴書を見て、私は「あっ」と思いました。つい先日倒産した福井県の企業名が、そこに書かれていたからです。「君はあの会社にいたのか」と聞くと、なんと「自分がその会社を経営していました」とのこと。驚きましたが、私はその人を採用しました。

倒産企業の社長だった人を雇うなんて、と思う人もいるかもしれませんが、一度大失敗をして再スタートを切った人は、やる気が違うのです。挫折を経験しているので忍耐強くもあります。しかも経営経験まであるのです。私は「苦労もあるだろうが、一緒にやろう」と言って彼を歓迎しました。

がんという大病を患いながら、最後まで当社のために尽くしてくれた社員もいます。彼は、日本システムバンクが新卒採用を始めた年に入社を果たした「定期採用の一期生」でした。決して有名とは言えない大学の出身でしたが、営業としてあちこちを回り、私と一緒によくがんばってくれました。

彼が発病したのは20代の終わり頃。結婚してすぐのことでした。手術は数回にも及び、2回目の手術をする頃には、奥さんは彼のもとを去っていました。病に苦しむ夫の姿に耐えられなくなったのでしょう。彼の容体は日に日に悪くなり、会社に出てきてもまともに歩けませんでした。しかし本人は「仕事がしたい」と言って、自由に動かない体でコインパーキングの点検作業などをやってくれました。

そんな彼を快く思わない同僚もいました。後輩社員の中には、自分より早く入社した人なのに自分より仕事ができない、会社に来ても戦力にならないと、暗に批判する者もいました。私はその人にこう言いました。

「あなたにも何が起こるか分からないよ。だからカバーし合わないとね」

弱った人、戦力にならなくなった人を、会社は排除しようとします。ですが、弱い人がいるからこそ、社員の中に思いやりの心や助け合う心が生まれるのです。それこそが人材教育なのです。

彼は度重なる手術に耐え、最後まで当社の社員として仕事をまっとうし、旅立っていきました。後日、彼のお父さんが私にこうおっしゃってくださったことを、いまも鮮明に覚えています。

「私が勤めていた企業は、がんになって入院したら、もう出社は叶わず、退職せざるを得ない会社でした。でもあなたの会社は、亡くなるまで息子の給料を減らさず、ずっと雇い続けてくれた。本当に有り難いことでした」

そのお父さんは、いまでも当社の株を持ち続けてくれています。

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女性とシニアが活躍しない会社は滅びる

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