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コロンブスがトウガラシを「ペッパー」と呼んだ意外な理由

稲垣栄洋(植物学者)

2018年07月09日 公開 2023年01月10日 更新

トウガラシの魔力の源とは?

そして、カプサイシンを無毒化して排出しようと体の中のさまざまな機能が活性化され、血液の流れは速まり、発汗もする。

しかし、それだけではない。

カプサイシンによって体に異常を来したと感じた脳が、ついにはエンドルフィンまで分泌してしまうのである。

エンドルフィンは、脳内モルヒネとも呼ばれ、麻薬のモルヒネと同じような鎮痛作用があり、疲労や痛みを和らげる役割を果たしている。つまり、カプサイシンによる痛覚の刺激を受けた脳は、体が苦痛を感じて正常な状態にないと判断し、痛みを和らげるためにエンドルフィンを分泌するのである。そして結果的に私たちは陶酔感を覚え、忘れられない快楽を感じてしまう。

こうして、人々はトウガラシの虜になるのである。

 

コショウに置き換わったトウガラシ

じつは、コショウもトウガラシのカプサイシンと同じような辛味成分を持っている。

コショウの辛味成分であるピペリンという物質も、トウガラシのカプサイシンとよく似た化学物質で、カプサイシンと同じ効果を持つ。

かつてヨーロッパの人々は、金と同等の価値を持つほどコショウを珍重し、貴重品として扱っていた。それは単にコショウが希少だったというだけでなく、人々がコショウの辛さに魅了されていたからでもあったのだ。

トウガラシはコショウのおよそ100倍の辛さがある。辛ければ辛いほど人間の体はエンドルフィンを分泌し、人々は快楽を感じてしまう。そのため、香辛料を使い慣れていたアジアの国々でも、トウガラシが瞬く間に広まっていったのである。

こうして今では、アジアの人々にとってトウガラシは、外国から伝わった作物であることさえ忘れられてしまうほどであった。ヨーロッパの人々にとっても、もはやアジアの香辛料の一つのように思えてきて、植物誌で「インドペッパー」と呼ばれたことさえある。

トウガラシの辛さはヨーロッパの人々の舌に合わないため、比較的絡みの少ない品種が選ばれ、育成された。それがピーマンやパプリカである。

ちなみに「パプリカ」は、ハンガリー語で黒コショウを意味する言葉に由来している。コショウの記憶が残っているのである。

『世界史を大きく動かした植物』より一部再編集)

著者紹介

稲垣栄洋(いながき・ひでひろ)

植物学者

1968年静岡県生まれ。静岡大学農学部教授。農学博士、植物学者。農林水産省、静岡県農林技術研究所等を経て現職。主な著書に『身近な雑草の愉快な生きかた』(ちくま文庫)、『植物の不思議な生き方』(朝日文庫)、『キャベツにだって花が咲く』(光文社新書)、『雑草は踏まれても諦めない』(中公新書ラクレ)、『散歩が楽しくなる雑草手帳』(東京書籍)、『弱者の戦略』(新潮選書)、『面白くて眠れなくなる植物学』『怖くて眠れなくなる植物学』(PHPエディターズ・グループ)など多数。

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