事業仕分けは行政の”漢方薬”だ
2010年12月20日 公開 2022年12月21日 更新
" 行政刷新会議が主催し、国の事業の要否・適否を公開の場で議論する国の事業仕分け第三弾が、10月27日からの4日間は「特別会計仕分け」、11月15日から4日間は「再仕分け」をテーマに実施された。筆者自身は、「若年納税者である弁護士」という立場で第一弾からこの議論に参加しており、今回も再仕分けAグループの全事業の仕分けに参加した。
事業仕分け終了後、今後の仕分けのあり方については議論百出の状況にあるが、その議論は必ずしも、仕分け人が現場で認識している事業仕分けの本質と合致していない。そこで本稿では、仕分け人の考える再仕分けの意義と今後の方向性について論じたい。
官の4つの行動原理
とくに再仕分けに対して「何度も同じ事業を仕分けるのは無駄である」「民主党政権で策定された予算を仕分けるべきではない」などの批判が政務三役を含む与党議員からも出されている。しかし、政務三役などが仕分けの結果に頑強に抵抗し、あたかも族議員にみえる現在の姿こそが、(1)行政事業の抜本見直しがひと筋縄ではいかないこと、(2)民主的基盤の裏返しである“支持団体とのしがらみ”にまみれた議員だけに任せていては事業仕分けができないこと、そして、(3)事業仕分けが彼らにとって脅威となるほどの実効性をもっていること、の証左である。
事業仕分けの本質は、しがらみのない外部からの論理的な費用対効果の検証にあるから、この作業は構造的に民主的基盤とは緊張関係にある。安易に事業仕分けの機能を国会に移管してしまえば、結局、仕分けの議論が政治闘争に巻き込まれることになり、客観的・論理的な検証という事業仕分けの本質は骨抜きにされる可能性が高い。
論理的検証と政治的調整を分離し、前者を民間人が多数を占める事業仕分けに任せる現在の方法こそが、時間はかかっても、行政事業の本質的改善につながる途である。しかしながら、国の事業は、官の行動原理に従って強固に組み上げられており、その構造的問題を明らかにして抜本改善させることは、けっして容易なことではない。仕分け人が官の行動原理を理解したうえで事業構造を分析しなければ、議論がかみ合わない。
民間企業は「(1)収益最大化を目的として、(2)経営上の全体最適をつねにめざし、(3)有限な経営資源をより投資対効果、費用対効果の高い分野に集中し、(4)スリムで変化に対応しやすい事業構造を実現」しようと競争し、切磋琢磨している。仕分け人としては、公共セクターの事業であっても基本的にはこの考え方、すなわち「収益最大化に向けた合理的思考プロセス」に沿って構築されていると考えがちである。
しかし、残念ながらこれは誤りである。筆者自身、初めは率直にいって、官僚はバカなのかとさえ思った。無理やり無駄をつくっているとしか思えないような事業が複数あったからである。しかし、こうした事業は、官の立場からは、じつはきわめて合理的に構築されていることがわかってきた。
官の行動原理は、「(1)収益最大化よりも費用最大化をめざし、(2)全体最適よりも恣意的分配を指向し、(3)費用対効果の検証なくして大義名分の立つ事業に予算を付け、(4)ストックや基金を形成して予算執行を自動化することで硬直的な事業継続をめざす」ことにある(『弁護士仕分け人が語る「事業仕分け」の方法論』〔日本評論社〕より)。すなわち、民間の行動原理とは真逆に近い。
国の事業の費用とは誰かの所得であり、これが増すことは、受託先の政府系法人の天下り人件費負担力の拡大を意味する。また、恣意的分配を行なう事業では分配を行なう財団等を事業に組み込むことができ、やはり天下り先が確保できるし、行政権力の源泉にもなる。大義名分を盾に費用対効果の検証なく予算化を実現し、専用のハコモノや基金を設置できれば、毎年の厳しい予算査定を免れて自動的に予算執行を継続できるようになる。族議員や既得権者を巻き込み、一度ついた予算が削られない仕掛けが何重にも張り巡らされていく。
このように国の事業は、官の行動原理に則って強固な実施構造が形成されているから、その点を意識しなければ議論がすれ違ってしまう。なんとか廃止や予算計上見直しの結論に至っても、看板の掛け替えや見かけの目的変更などのさまざまな手法で生き残りを図ってくる。これは予測された当然の帰結であり、驚くべき話ではない。
重要なのは、抜本的改善がなされるまで何度でも仕分け続けることを、行政刷新会議議長である総理大臣のリーダーシップの下で明確にすることで、官の行動原理自体を、時間をかけて変えていくことにこそある。
E案山子システムの矛盾
たとえば、事業仕分け第二弾で取り上げられた「女性と仕事総合支援事業」は、留保つき廃止の判定がなされたが、男女のワークライフバランスをその目的に加えて継続が図られたため、再仕分けの対象となった。
第二弾の仕分けの際の議論においても、女性の社会進出支援という行政目的自体の正当性は、仕分け人全員が認めていた。問題は、そのための手段として“象徴的なハコモノ”が必要かという点である。この施設では、働く女性の能力発揮に関するセミナー・相談・イベントの実施、健康相談等の実施、働く女性の歴史展示等が実施されている。しかし東京・田町駅から徒歩3分の一等地に、約50億円もかけて5階建てのビルを建築し、その場所でこれらの支援業務を行なう必然はない。
この事業は女性の社会進出という大義名分を盾に、特定財団への恣意的分配のために行なわれ、ハコモノをつくり予算執行を自動化してきたことが強く疑われる。官の行動原理に従って構築された典型的な事業である。
前回の仕分けの議論においては、女性の社会進出支援が重要だとしても、それをハコモノ前提で実施すべきではないという明確な議論が展開された。しかし、担当部局側は、とりまとめコメントに、「これをなくしていいという話ではなく、ただちに事業の目的・手法を再検討していただくための契機として、まず廃止していただく」という留保が付いていることを理由に、ハコモノ前提の事業継続を求めてきた。
たしかに担当部局として、留保付き廃止の事業を廃止することは、利害関係者との関係で難しい面がある。仕分けの場では「明確な廃止を突きつける」という“配慮”が必要となる。“仕分け結果のせいにする”ことができなければ、官が自らハコモノ事業を廃止することはきわめて困難である。したがって、事業仕分け第三弾では、「館の閉鎖」というより明確な結論を提示し、ハコモノ前提の事業の廃止を再度突きつけることになった。
技術開発・実証研究関連の事業では、費用対効果の検証がなされていないとして厳しい仕分け結果が出たにもかかわらず、「技術立国をめざす」などという抽象的な大義名分を盾に、看板の掛け替えによって事業維持をめざす問題事業が複数存在する。
総務省行政事業レビューの対象となった「ユビキタス特区事業」は、世界最先端サービスの実証実験を推進し、情報通信(ICT)産業の競争力強化等をめざす事業とされるが、事業実施の費用対効果の検証がきわめて甘く、国の委託事業として行なう必然に乏しい事業であった。
実証事業の具体例として「動産担保融資サービスへの応用に関する実証実験」や「先進的港湾業務連携の実証」「E案山子による農業生産性の向上」などが挙げられていたが、これらの実現により集合動産担保制度の使い勝手が改善するとか、全国の港湾の運用効率が大幅に向上するとか、農家生産性が改善するといった効果はまったく検証されていない(行政事業レビューの公開プロセスの議論をみるかぎり、効果があるとは考えにくい)。
結局、行政事業レビューでは、「廃止を含めた全面的見直し」との結論が下された。
それにもかかわらず、今度はこれらのシステム技術を、アジアを中心とした海外に輸出することをめざすとして「アジアユビキタスシティ構想推進事業」が特別枠で新規予算請求された。この事業は、資料を読むかぎり完全に看板の掛け替え事業であり、なぜ国内で実施する意義が認められない事業を海外展開しようとするのか、まったく不明であった。
そこで、仕分けに先立って、アジア展開が想定される事業の例として、総務省の担当者と共に、E案山子の実証実験が行なわれている長野県まで視察に行ったのであるが、本来いちばん重要なはずの「このシステムを使って農業のプロセスを改善するための具体的ノウハウ」についてはほとんど煮詰まっておらず、補助金によるハード開発先行の典型的パターンであった。デザイン性の高いセンサー(E案山子)が畑に立てられている様は見栄えがするが、実証実験段階においてデザインにこだわったセンサーを利用する必要は認められない。
そもそも、E案山子システムでは、農業従事者のシステム導入メリットとして、収穫日等を累積地温などから割り出すことにより、毎日農地に行って生育状況を確認しなくてよくなり、作業時間の短縮や人件費の削減につながることが期待されている。この効果は人件費水準が高い地域ほど大きいが、アジア地域で最も人件費が高い日本国内の農家でさえも、毎月数万円のシステム利用料を支払ってまでE案山子を導入したいとは思わないという。日本よりはるかに人件費の低いアジア新興国において、あえてシステム導入をしようとする農家がどれほど想定できるというのだろうか。
総務省の側は、この視察を受けてまずいと思ったのか、本番の仕分けでは、突然、E案山子がアジア展開の対象と決まったわけではなく、これから相手国のニーズを聞いて内容を決めるなどと事業の趣旨を変えてきた。しかし逆にそうであれば、相手国のニーズさえ把握していない現状で、いきなり実証実験をする予算をつける必要はなく、多くとも数千万円の予算規模でアジア諸国のニーズを調査すれば足りる。
議論のなかで、筆者がこの指摘をすると、再びE案山子の話をしはじめ、完全に予算を取るためだけの言い訳にすぎないことが明らかになった。
結局、実証実験を続けること自体が自己目的化し、アジア進出という抽象的な夢を掲げて予算の無駄遣いをしようという以上の意義は、仕分けの議論においてまったく見出せなかった。大義名分を盾に費用対効果を放棄してとにかく予算を使おうとする「費用最大化の行動原理」が強く表われた事業といえるだろう。
このような事業が特別枠で復活することを、けっして許してはならない。
派手な政治ショーからの卒業を
このように事業仕分けの成果は、ゾンビのように復活しようとする事業に対し、改善されるまで再仕分けを繰り返すことでようやく表われるものであり、いわば行政の体質改善を図るための漢方薬といえるだろう。この取り組みは、官の行動原理自体を「費用最大化」から「費用対効果の最大化」へと変えるための困難で息の長い作業とならざるをえない。
とくにマスメディアは短期的な成果ばかりを求めるから、看板の掛け替え型事業が複数再仕分けで指摘されたことをもって、事業仕分けの実効性を疑う報道がされるが、この批判は的外れである。そもそもすべての事業が一度の仕分けで改善されるはずがないし、じつは再仕分けに採り上げられなかった多数の事業では改善効果が認められるからである。
労災診療費審査体制等充実強化対策事業は、労災認定や労災診療費の過誤払いを防ぐために、労災レセプト(医療費明細)の全数チェックを行なう事業であるが、仕分けの効果を示す好例である。
この事業は、費用対効果を無視した典型的な恣意的利益分配事業であった。本事業では成果として36億円の過誤払いを削減できたとしているが、実質的には随意契約である財団法人労災保険情報センターへの委託費だけで32億円超がかかっており、労働局職員の人件費を加えると、削減費用よりもはるかに高い40億円超の費用がかかっていた。
仕分けの議論において担当者は、削減額を超える費用がかかったとしても、不適正請求の防止のためには高い精度のチェックが必要だとして、財団への委託に固執しつづけた。
しかし、現時点の過誤払いの捕捉率さえ正確に把握されておらず、さらに、委託相手ごとの過誤払い発生率の予測値すら示されないことから、担当者が、他の方法に切り替えることによって精度が落ちると説明するのは、抽象的な想像の域を出ていない。
そのため、仕分けの議論においては「競争的に実施機関を決定」との結論が出された。
その後、この事業は仕分け第三弾に先立つヒアリングの対象となった。担当者によれば、財団への委託をやめ、国自らチェックする方法に切り替えるらしく、初年度から数億円規模の経費削減効果が生じ、次年度以降はさらに費用削減が可能であるという。
これは費用対効果の点で“最善か”については疑問があるものの、レセプトのオンライン化が目前に迫っていることに鑑みれば、少なくとも現時点でベターな対応である。オンライン化後にソフトウェアを活用した業務再設計を行ない、再度競争的な委託を検討すべきであろう。
仕分けの議論の際、頑強に財団への委託しかないと主張していた担当者が、率先して費用対効果の改善を示す表を作成して、われわれに今後の方針を説明する姿は非常に印象的だった。事前ヒアリングでは、こうした具体的改善成果の報告を多数受けることができ、仕分け人としても苦労が報われた思いであった。
事業仕分けは万能の仕組みではないし、何兆円もの財源を短期的に捻出する劇薬でもない。従来のイメージのほうが幻想であったにすぎない。いまこそわれわれは、事業仕分けを持続的に行政の費用対効果を高め、官の行動原理を変更させるための“漢方薬”として、再定義すべきである。
そのためには、対象事業数が限られる現在の事業仕分けの枠組みだけでは不十分であり、行政事業レビューと事業仕分けを適切に組み合わせた一連の行政検証スキームを構築する必要がある。行政事業レビューを5,400余りの行政事業の見直しを行なう中核プロセスに育て、見直し内容や予算反映が不十分なものや看板掛け替え事業などを抽出して、事業仕分けの場で徹底的に検証するという制度間の役割分担が必要である。「適切な内部検証を実施しなければ事業仕分けで廃止を含む厳しい議論の対象となる」というプレッシャーがあって初めて、内部検証の実効性が担保されるからである。
今回の再仕分けは、事業仕分けが派手な政治ショーを卒業し、“行政の漢方薬”という本来の役割に収まるための布石と位置づけられるだろう。
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