1. PHPオンライン
  2. 仕事
  3. 「紙1枚」にまとめる技術で、松下幸之助の「素直な心」を涵養する

仕事

「紙1枚」にまとめる技術で、松下幸之助の「素直な心」を涵養する

浅田すぐる(「1枚」ワークス(株)代表取締役)

2019年04月11日 公開 2022年12月19日 更新

1枚にまとめることで、「素直な心」になる

――そうしたトヨタの企業文化の中で学んだのが、「紙1枚」にまとめる技術だったのですね。

浅田 トヨタでは、仕事のコミュニケーションをすべて紙1枚の書類で行なうという文化があります。ただ、その1枚のつくり方に決まりはなく、マニュアルもありません。

私の場合は、最初に師事した上司が、この1枚の資料作成に長けている人だったので、本当に基礎から鍛えてもらいました。ですから、私の1枚のつくり方は、基本的にこの上司の流儀に則っています。

当時は、この1枚の資料をつくるのに深夜残業をしたり、3枚の資料を1枚にまとめるために休日出勤をしたりしていました。

なぜ、ここまで1枚にこだわるのか、何の意味があるのか、最初は全然わかりませんでした。でも次第にその本質に気づき、「なるほど、これはすごい」と思うようになります。

では、その本質が何かと言えば、「考え抜く」ことです。3枚の資料を1枚にするためには、考えて、考えて、言葉を削り、縮め、まとめなければなりません。

だから、最終的にできあがった1枚は、ひと言ひと言が研ぎ澄まされた言葉になります。

無駄がなくなり、かつ、なぜその言葉にしたのか、いくらでも語ることができるため、上司やお客様に何を聞かれても、すらすらと答えられるのです。

ただ、そんなことは誰も説明してくれず、それこそ自分なりに、1枚にまとめるのは考え抜くためにやっているのだ、と意義を見出したのです。

トヨタで日々、1枚の資料をつくることで、考え抜くトレーニングを行なった結果、思考整理力が高まりました。

1枚にまとめることは、狭く見ると資料作成能力にすぎないのですが、考え抜いた資料で説明を行なえば、説明能力やプレゼンテーション能力、商談能力、コミュニケーション能力も高まります。

日々1枚の資料をつくって鍛えた思考整理力は、様々なことに応用が利くことは、25歳ぐらいの時には気づいていました。

例えば、本を読む時でも、著者の主張は何か、それに対しての自分の見解、さらに今回の読書を踏まえて、今後このテーマについてはどう考えていけばいいのか、考えたことを実行するためにはどうすればいいのか、といったことも1枚にまとめることができます。

――近著『「紙1枚!」松下幸之助』(PHP研究所刊)は、どのような思いを込めて書かれたのですか。

浅田 この本で目指したのは、紙1枚で「素直な心」になることです。どうやったら、紙1枚で素直な心になれるのか、という野心的な問いを自分で立て、それに対する答えが本書です。

私が、「素直な心」という言葉に出合ったのは、『発言集』を読んだ大学生の時で、最初に読んだ時から、素直な心が大事だということ自体は認識できたのですが、なぜ大事なのか、どうやって素直な心になるのか、どうなっていることが素直な心の状態なのか、全く何もわかりませんでした。

社会人になってからも、正直よくわからないまま仕事をしていました。

これが素直な心なのかもしれないと初めて思ったのは、2011年3月11日、東日本大震災が起きた時です。

私は、東京の水道橋にあったトヨタの東京本社で被災したのですが、古いビルだったため、本気で「ああ、これで死ぬんだ」と思い、何度かの大きな揺れがおさまった後も、手の震えがなかなかとまりませんでした。

この時に、このまま死んだら何か後悔することがあるかなと考え、ふと「あっ、まだ独立していない」と気づきます。

子供の時から典型的なサラリーマンである親を見続けてきて、自分はいつか独立しようと考えていたことを思い出したのです。

そして、この時の心持ちこそが、素直な心なのかもしれないと思いました。

自分の本心に蓋をしたり、ある物事に対してあえて見向きもしない状態ではなく、きちんと直面できる状態を、心理学ではニュートラルな状態と呼ぶそうです。この状態になり、事実を淡々と見られるようになれば、素直に自分のやりたいこと、やるべきことを行なうことができます。それが素直な心という状態なのかもしれません。

ではなぜ、震災を体験した時に、私が素直な心になれたのかと考えてみると、もちろん死を覚悟したからだと思うのですが、日々1枚に書いて、自分の思考整理力を高めた結果、自分を客観視する能力が高まっていたからではないかと思い至りました。

日々の仕事で1枚の書類をつくり続けるということは、知らぬ間に自分の仕事を俯瞰したり、客観視したりすることにつながります。

つまり、1枚をつくる力が、自分に対する客観視能力を高め、その客観視能力が、ニュートラルな状態に近づけることになるのではないか。だから素直な心を実践するためには、この1枚の紙をつくって、物事を客観視し続けていけばいいのではないか。このような認識に至ったわけです。

幸之助さんも『人生心得帖』(PHP研究所刊)で、次のように述べられています。

「これまで“自己観照”ということを自分でも心がけ、人にも勧めてきました。それはどういうことかというと、自分で自分を、あたかも他人に接するような態度で外から冷静に観察してみる、ということです。いいかえると、自分の心をいったん自分の外へ出して、その出した心で自分自身を眺めてみるのです」

『「紙1枚!」松下幸之助』では、自分の心を外に出すように、いろいろなテーマで1枚を書いていき、それら1枚1枚をただ見返していれば、自分を客観視することになり、最終的には、それが素直な心を涵養していくことになるという構成になっています。つまり、「紙1枚」が幸之助さんの説く「自己観照」につながるのです。

もちろん、幸之助さんも素直な心になるためには、何十年単位の時間が必要だと述べている通り、本を一冊読んで、ワークをして、それらを見返したから素直な心になれるといった簡単な話ではありません。

ただ、何のとっかかりもなく、何もしないでモワっとしているよりは、手や頭を動かしている分、素直な心になるためのきっかけぐらいはつかめるのではないでしょうか。

※本稿は、マネジメント誌「衆知」2018年11・12月号、特集「最強の現場力」より一部を抜粋編集したものです。

関連記事

アクセスランキングRanking