介護から医療事務へ
山本美砂さんは、高校卒業後、医療系の専門学校へ進学し、医療事務を学んでいたが、医療にまつわる現状を勉強するなかで介護職の不足が深刻と知り、介護職への道を選んだ。
「高齢化社会が進む中、介護の問題を解決するのは、私たち若い世代だと思いました。使命感を持って介護施設での仕事に着きました。高齢者の皆さんが私の介護で喜んでくださり、充実感もありました」
熱意だけでは続かない
介護の仕事には、大きなやりがいを感じたという山本さんだが、熱意だけでは乗り切れない壁にぶち当たった。
「介護職は常に人が不足した状況ですが、それでも昼の時間帯は、お互いに頼れるスタッフもいました。しかし、夜勤となると看護師が休憩の時間は、1人で40人の高齢者の方々を担当するので、今振り返っても、正直、大変な仕事だったと思います」
それでも、高齢者に対する尊敬や感謝を強く持つ山本さんは、精一杯、仕事に打ち込んだ。しかし、その一生懸命さが仇となり、自律神経のバランスを崩してしまい、様々な体の不調を感じるようになった。
「夜勤をしないで介護職を続けようと思いましたが、やはり、夜の介護はニーズがあり、それは夜勤を避けて働くことは難しく、転職を決意しました」
転職活動中に言われた“信じられない一言”
介護職を諦めた山本さんが、次に目指したのは「医療事務」だった。
「専門学校の1年生のときに医療事務を学んでいたので病院やクリニックで働きたいと考え、転職活動を始ました。しかし、医療事務は医療機関によって必要とされるスキルがまったく異なるので転職は簡単ではありませんでした」
医療事務を「資格」と考えている人も多いが、実は、資格ではない。例えば、眼科クリニックと内科クリニックでは、医療事務に必要とされるスキルが異なる。
また、医療費を決める基礎となる診療報酬は、2年に一度、改定されるため、医療事務は、診療報酬改定のたびに熟知する必要がある。
「私の場合は専門学校で勉強したとはいえ、実際にいろいろな診療科での経験はなかく、現在働く『たま耳鼻咽喉科クリニック』で採用となるまで4つの医療機関で不採用でした」
さらに、一つの医療機関では、プライベートな理由でも不採用となった。現在、山本さんは既婚者だが、転職活動時には、婚約中だった。結婚を控えていることを告げると、予想しなかった答えが返ってきた。
「女性は、結婚、妊娠で辞めてしまうからうちではちょっと...」
その発言に山本さんは、耳を疑ったという。
「悔しい気持ちもありましたが、結婚するなら仕事ができないのか?という不安に襲われました」
そんな気持ちを押し込み、転職活動を続け、現在の職場の採用試験をうけたところ、面接で院長から思いもよらぬ言葉が…
「うちは、チャレンジする人と一緒に成長していきたいと思ってるから、経験なんて関係ない。仕事は、ここで覚えていけばいい」
山本さんは、嬉しさでいっぱいだった。
「仕事と女性としての人生をこの職場なら実現できるという希望を感じました」
採用となった山本さんは、その後、結婚し、自分らしく働けている。
インタビューの最後に同じ職場で働く大畠さん、山本さんの二人が声を揃えて言った言葉がとても印象敵だった。
「私たちは、『女だから』という意識はなく、男性と変わらず仕事に向き合っています。女性だから結婚や出産で仕事を辞めるという先入観が根強いのが不思議です。
私たちは、現在の職場では、結婚、出産と仕事をどう両立していくかを話し合える環境があり、安心して仕事に打ち込めています。社会全体がこうあるべきだと思います」
【吉澤恵理(よしざわ・えり/薬剤師、医療ジャーナリスト】
1969年12月25日福島県生まれ。1992年東北薬科大学卒業(現、東北医科薬科大学)。薬物乱用防止の啓蒙活動、心の問題などにも取り組み、コラム執筆のほか、講演、セミナーなども行っている。