人の時間を大切にする、時間厳守の名投資家
投資ファンド「キャス・キャピタル」代表の川村治夫さんは、私の40年来の親友だ。出会いは東京銀行時代にさかのぼる。川村さんは私の1年先輩だったが、1987年に退行してゴールドマン・サックスへ移った。
金融の世界において、ゴールドマン・サックスは「別格」だ。同社で仕事をした経験のある人は、モルガン・スタンレーであろうとメリルリンチであろうと、どこにでも転職できる。ゴールドマン・サックスの会長から米国の財務長官になった人やその逆も何人もいる。それくらい世界経済の中枢に近い組織でもある。
川村さんは、そのゴールドマン・サックスで「マネージング・ディレクター」という肩書で活躍した。世界トップの金融機関の経営者の地位だ。
ゴールドマン・サックス時代の彼は、とにかく激務だった。何でも、1日で世界一周したこともあるらしい。夜中でも海外の拠点からひっきりなしに電話がかかってきて、自分の時間を過ごす余裕がまったくない、とよくこぼしていた。
だから、ある日、「今夜、会えない?」と電話がかかってきたとき、「辞めるつもりだ」とピンときた。何はともあれ飯にしよう、と、四ツ谷駅近くの中華料理店に入った。
予想通り、彼はその日に退社を決めていた。料理をつつきながら聞いた話は、なかなかすさまじいものだった。彼が退社の意向を伝えたのが、午前中の話。午後にはさっそくヘッドハンターが電話をかけてきたというのだから、耳の早いことに恐れ入る。
先方が提示した移籍額は一流のメジャーリーガー程度。だが彼は、その話を即座に断った。とにかく時間を作って、いずれは独立することを望んでいたからだ。
その望み通り、モルガン・スタンレーを経て、2003年にキャス・キャピタルを設立。高確率で投資を成功させる名投資家として名を馳せている。
現在、彼は私の、私は彼の会社の社外取締役を務めているので、定期的に顔を合わせる。それ以外でも、相談がある際はよく私の会社にやってくる。
毎回感じ入るのが、彼が必ず「2つのルール」を厳守することだ。
1つは時間だ。1分たりとも遅れてきたことがない。そして、終わりの時間も必ず守る。
お互い多忙な身なので、とれる時間は限られている。その日にこちらが確保できるのが30分なら30分、1時間なら1時間、リミットがくれば、きっかり話を終わらせて帰っていく。さすが、分刻みの激務をこなしてきた人だけあって、時間の貴重さを知っている。
彼のすばらしさは、それを自分のためではなく、「人の時間を大切にする」という視点で行動できることだ。時間を割いたこちらへの感謝と、その時間を1分1秒たりとも無駄にしないという心配りが伝わってくる。
話の内容は込み入っていることも多いが、時間切れで中途になることはまずない。その理由は、2つ目のルールにある。
話したいこと、聞きたいことをメモした上で人に会う。彼は、話したいことや聞きたいことを事前に手帳に書いてくる。
聞くべき項目だけでなく、私が答えることもある程度予測を立て、こう答えてきたらさらにどう質問するか、といったことまで考えている。だから最速で話を進めることができる。
これを実践している人は、どれだけいるだろうか。相談ごとをする際、その場で考えながら話す人は実に多い。とりとめなく話して、終盤で「そう言えばもう1つありました」と言いだす人もいる。プライベートの悩み相談ならともかく、ビジネスでは歓迎されない話し方だ。
相手に迷惑をかけない話し方は、付き合う相手によって身につく。自分や人の時間を無駄にして意に介さないような人たちと付き合っている限り、こちらの話し方も、思考も行動も、無駄の多いものになってしまうだろう。
第一線で活躍している人。1分1秒を有意義に過ごす人。成長のため努力する人。気遣いを持てる人─。そうした優れた人物と接すれば、良い影響を受ける。
川村さんは、まさにそうした人物だ。私も知らず知らず、彼から大いに感化を受けていると思う。