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「部屋に入れてくれたのも、放り出したのもヒト」繁華街をさまよう一匹の猫と夫婦の出会い

堀晶代(ワインライター)

2023年02月17日 公開

 

うちの子になる?

プが「うちの子になる?」と言って、わたしをヒョイと抱き上げた。でもヨッパライだから、プは抱き上げた瞬間に、うしろに大きくゆれた。

「プ。ここから家まで、ゆっくりと歩いても、10分はかかるよ。その間に、この時間でも大きなトラックとかが通る道路が、2つもある。この子が車に驚いて逃げだそうとしたら、プはそんなおぼつかない足取りで、この子を守れるの?」

プは一言、 

「ダイジョーブ」

「大丈夫じゃないから、言っているんだよ?」

「ダイジョーブ。知っているでしょ? 私の実家は、物心がついたときにはすでに猫屋敷って呼ばれるくらいに、猫だらけだったの。だから、どんな猫でも抱っこするのは上手いほう」

ランがつかの間、プの腕のなかにいるわたしと、プを交互に見つめた。

「分かった。プが大丈夫というのなら、この子に車やいろいろな怖さを感じさせないように、俺がここからの10分と少しは、なにがなんでも、あなたたちの前に立って、身を張る。プはこの子を不安にさせない抱っこだけに集中して」

わたしがこの場所からどこに行ったらよいのかが、わからなかった不安のひとつは、ランがいうおおきな車や音や道路というもの。歩いてみたり、横切ったりが、できそうにない場所。

それらをいまから一気に乗りこえて、まったく知らない場所に行くだなんて。でもなんだか、やっぱり、もう、どうでもよい。この腕のなかから逃げたって、その先、なにかがおおきく変わるような気がしない。

 

猫がいる! 猫がいる!

堀晶代

ひとつめの、「あそこは通ってはならない」と決めていた場所。ランは「道路が静かになるまで、待とう」って言ったけれど、わたしは猫だから。

ヒトよりもいろいろな音が聞こえてしまって、ランが「もう、とうぶん、次の車は来ない」って言っても、わたしには、もっと先の、つぎの車の音が聞こえてくる。やっぱり逃げたほうがよいのかな? 足にすこし力をいれると、

「ラン、この子、怖がり始めた!」

ヨッパライが歌ったり、ヘンな声を突然に出すのは知っている。

「落ち着いて!」ってランがふり向いて、わたしがもっと足に力をいれたとき。プはいままでのヨッパライからは聴いたこともない、歌でもなく声でもない素っ頓狂な音を出した。

あつい あつい 夏の夜
おなか ぺこぺこ
のみ ぴんぴん
のども ホントにカラカラだ
あつい あつい 夏の夜
それも あとすこしで おわります
すずしくって おなかも ぱんぱん
お水も たくさん ありますよ
もう すこし ガマンしてくださいな

これって、歌? 逃げようとして最後にこめた力がしゅぅっと抜けた。ほんとうに、ほんとうに、もう、ほんとうに、どうなってもいいや。

それからもゆらゆらとしたプの腕のなかにいたら、まえにいるランが「ここが、最後の難所!」とぐぅっと背中をおおきくした。

ずっとずっと、すぐそばから、いろいろな車の音が、あおってくるように絶え間なく聞こえてくる。

抱かれるまま、ひとつの建物のまえに着いて、そのなかのエレベーターというちいさな箱にはいった。上へあがっていく。エレベーターがひらいて、「長かったね~」と言いながら、プがわたしを下ろした場所からは、さっきまで怖かった車や道路がはるか下に見えた。

「この階には俺たちしか住んでいないから。まずは落ち着いて。入りたくなったらお家に、お入り」とランがドアをあけた。迷うよりも、ドアのむこうから流れてくるヒンヤリとした空気につられて、ふらりとなかに入ってしまった。

うしろでドアがパタンと閉まる音がして、プが叫んだ。

「わ~っ! 玄関に猫がいる! ちょっと待って、ちょっと待って! 猫がいるよ! 猫がいるだけで、玄関の雰囲気がぜんぜん違うよ!?」

もしかしたら、このヒトたちは、いままで見た誰よりもとんでもなくヨッパライ? わたしを抱いて帰ったから、いま、わたしはここにいるんでしょ。わかっているのかな?

でもランもプも、「猫がいる! 猫がいる!」って、いままで見たどんなヒトよりも、とんでもなく、はしゃいでいる。なんども、なんどもなんども、「猫がいる! 猫がいる!」とはしゃいでいる。

 

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