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仕事

融資が下りず、ワンマン社長は激怒...板挟みに苦しむ“50代財務部長の悲哀”

木村尚敬、小島隆史、玉木彰

2023年02月21日 公開

 

銀行からの最後通牒

受付の女性に案内されて辻と東郷が太陽銀行の応接室に入ると、すでに山陰パイプ担当の須田と、もう一人スーツ姿の男性が、ソファで二人を待っていた。

「山陰パイプ営業部の東郷です。いつもお世話になっております」

須田は銀行マンらしく、東郷の差し出す名刺を慇懃に受け取る。

「こちらこそお世話になっております。太陽銀行の須田と申します。そして、こちらがコンサルタントの南条さんです」

「南条修一郎です」

若々しく見えるが、須田からは自分と同世代と聞いているから50歳前後か。背が高くて筋肉質で、身に着けているものも一流っぽい。二階堂社長がいちばん嫌いなタイプだ。

辻の顔が曇る。

「南条さんは大学時代のテニス部の先輩なんです。これまでもいろいろな企業の再建を手伝ってきていて、やはり私の先輩が勤めている大昭和出版とか......」

「あ、経歴はこれにまとめてきましたので」

南条は須田を制して、鞄からファイルを取り出すと辻と東郷の前に置く。行動にソツがない。辻がそれを手に取り目を走らせる。実績欄には辻も知っている有名企業の名がいくつも書かれていた。

「へえ、すごいな。外国にもいらっしゃったんですね。アメリカ、イギリス......ドバイ!」

東郷は妙なところで感心している。南条は、目の前に座る辻の顔を見据えながら話し始めた。

「須田さんから話をいただき、山陰パイプの直近の経営数字を調べてみました。ここ二期はかなり落ち込んでいますが、手遅れということはないと思います。ただ、私が須田さんでも、これ以上の融資はできないと言うでしょう」

「そ、それはどうして?」

慌てて辻が聞き返す。

「二階堂社長です。聞けばかなりのワンマンで、周囲はイエスマンばかり。銀行の指導にも耳を貸さず、経営判断も気分や思いつきでされているそうですね。融資したお金が有効に使われる保証がないのだから、融資ができないのも仕方ありません」

南条の話を受け、須田が続ける。

「なので、その山陰パイプの経営体質を変えてもらおうと思って、南条さんに声をかけたんです」

「はあ、よろしくお願いします」

辻が流れに乗って頭を下げるが、南条の話は終わりではなかった。

「まだお引き受けすると決めたわけではありません」

「え、え、それはどうして?」

「山陰パイプに必要なのは、コーポレートトランスフォーメーション、つまりCXです。創業期とは市場を取り巻く環境も大きく変わってきているのに、会社が旧態依然の経営をしていたら、業績が上がらないのも仕方ありません。だから、いったんすべての事業や組織体制を見直して、一からつくり直さなければならないのです」

「それは大変だ」

今まで黙っていた東郷が、すっとんきょうな大声を上げる。南条は少し微笑んだ。

「そのとおりです、東郷さん。大変なことだし、おそらく御社の場合、かなりの荒療治も必要になるでしょう。そうなると経営陣にも腹を括ってもらわなければなりません」

南条は、今度は辻の目を見据えながら話を続ける。

「辻さん、会社存続のためにコンサルタントを入れてCXを行うと、二階堂社長を説得できますか。それができないのなら、この話はここで終わりにせざるを得ません。適当に助言だけしてお茶を濁すような仕事は、私はやりません」

南条の言葉に、辻は背筋がすうっと寒くなるのを感じた。

「二階堂社長を説得する、私がですか......」

「あの、南条さん、説得できなかったらどうなります?」

言葉に詰まる辻の横から、東郷が身を乗り出すようにして南条に質問する。

「それは経営体質が変わらないということですから、財務状況も改善されず、十中八九、今期も赤字でしょう。そうしたら、遅かれ早かれウチは手を引きます」

答えたのは南条ではなく、須田だった。

「それじゃ会社はもたない」

辻が消え入るような声でつぶやく。

「つぶれるってことですか。まさかそんなバカな。山陰パイプがつぶれるだなんて。悪い冗談はやめてくださいよ。はは......」

だが、南条と須田の顔に冗談を感じさせる要素は1つもなかった。隣では辻が意気消沈している。東郷にもようやく事態の深刻さが呑み込めたようだった。

「やりましょうよ、そのCXってやつ。辻さん、僕も社長を説得します。そうだ、製造部の鷲巣さんにも加わってもらいましょう。あの人はちょっと性格に難があるけど、理論派だから戦力になりますよ」

立ち上がった東郷に肩を叩かれ、戸惑いながら辻もうなずく。

「それじゃ南条さん、よろしくお願いします。辻さん、二階堂社長を説得するのは骨でしょうから、僕も同席します。すぐに日程を決めて連絡してください」

「わかりました。よろしくお願いします」

隣でいきり立つ東郷と対照的に、辻はこれからのことを考えると、不安でたまらなかった。

 

ワンマン社長との対決

「なんだ、CXってのは、ああ。辻、俺はそんなことお前に頼んでねえぞ」

「ですが、太陽銀行さんのほうが、コンサルタントを入れてCXを行うというのが、今回の融資の条件だというので......」

山陰パイプの社長室で、ふんぞり返りながら椅子に座って辻の報告を聞いていた二階堂の顔がみるみる赤くなってくる。とはいえ、かたわらには太陽銀行の須田もいる。二階堂はなんとか感情を抑え、灰皿に伸ばしかけた手を止めた。

代わりに、副社長の有野が口を挟む。自分のことを有能な切れ者と思っている有野だが、その発言は基本、二階堂の言いたいことをなぞっているだけだ。

「須田さん、御行とは長いおつきあいじゃないですか。これまでどおりじゃダメなんですか?」

「それが、そういうわけにはいかないのですよ、有野副社長。本来であれば、二期連続経常赤字の企業には新規融資はできないのですが、今回僕のほうで上とかけあって、外部のコンサルタントを入れて経営そのものを見直すのであればという条件を、ようやく引き出すことができたのです」

須田の言葉に、有野は皮肉な笑みを浮かべる。

「それはどうもありがとう。でもね、わざわざコンサルタントなんて入れなくても」

「経営には何の問題もない。すべて順調だ。なあ、辻。なんとか言わんか」

再び二階堂の手が灰皿に伸びるが、さすがに投げつけてはこない。

「それじゃあこうしません? こちらの希望どおり融資していただけるのなら、そのCXというのをやろうじゃありませんか」

そう言ったのは、意外にも副社長の有野だった。

「お、おい、有野君」

あわてる二階堂を制して有野が続ける。

「その代わり、それで業績が改善しなかったら、コンサルティングフィーは払わない。これでどうかしら」

おいおい、そんなのはいくらなんでも無茶だ。辻は心の中でそうつぶやいた。

「わかりました」

「え?」

須田の意外な返事に、有野は一瞬、驚いたような表情を浮かべた。須田は静かに続ける。

「結果が出なければコンサルタントフィーは当行で持ちましょう。ただし、コンサルタントの指示には必ず従ってもらいます。もし約束を破ったら、融資は即座に引き上げる。いいですね」

少し考え込むそぶりを見せた有野だが、再び笑みを浮かべると二階堂を振り返った。

「いいでしょう。ね、二階堂社長」

さすがの二階堂も虚を突かれたような表情を浮かべたが、改めて須田をにらみつけると、こう言い放った。

「ああ。ウチとしちゃ大幅に譲歩したんだから、月末までには必ず全額振り込んでくださいよ」

「かしこまりました。それじゃ、あとは辻さん」

「は、はい。それでは、東郷営業部長、鷲巣製造部長、それからわたくし辻の三人が中心となって、コンサルタントの南条さんの指示を仰ぎながら、さっそくそのCXというのを進めてまいります」

辻は早口でそう言うと、二階堂がまた何か言い出すことを警戒し、須田の背中を押しながら逃げるように社長室を出ていった。

「有野君、本当に大丈夫なのか、コンサルタントなんか入れて」

辻たちの去った社長室で、二階堂は有野に怪訝そうな目を向ける。有野はオーナー家の遠縁に当たり、二階堂と同じ大学を卒業し、長年、二階堂の忠実な太鼓持ちであり続けた人物だ。そんな彼女がなぜ、コンサルタントを良しとしたのか。

「融資を引き出す方便ですよ。それに、効果が出なかったら来年以降、交渉がやりやすくなるでしょ。おたくの紹介したコンサルタントのせいで、経営計画が狂って業績が下がったって言えばいいんですから」

有野はそう言って軽く笑った。二階堂もそうした彼女の手練手管には一目置いている。

「それもそうだな。じゃあお手並み拝見といくか」

「ふん、コンサルタントなんかに何ができるもんですか」

二階堂も有野もこのときはまだ、数カ月後にやってくる自分たちの運命を知る由もなかった。

※『企業変革(CX)のリアル・ノウハウ』に続く

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