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融資が下りず、ワンマン社長は激怒...板挟みに苦しむ“50代財務部長の悲哀”

木村尚敬、小島隆史、玉木彰

2023年02月21日 公開

融資が下りず、ワンマン社長は激怒...板挟みに苦しむ“50代財務部長の悲哀”

ジリ貧の売上、活気のない組織、年功序列の弊害......変えなくてはならないことはわかっている。しかし、なかなか変われない......。多くの旧来型の日本企業で働く人が抱えているジレンマだろう。

そんな日本企業のリアルと「変革への処方箋」を描いたのが、『企業変革(CX)のリアル・ノウハウ』だ。

企業変革を進めようとすれば必然的に、社内ではさまざまな問題が起こり、数々の対立が生まれる。改革に無関心なトップ、動かない現場。そして、抵抗勢力はあの手この手で改革をつぶそうとしてくる。

多くの企業の変革を支援してきた木村尚敬氏らは、こうした企業変革のリアルを伝える方法として「小説」という形式を採用した。

経営状況の悪さから銀行の融資を受けられず、ワンマン社長に怒鳴られる50代財務部長...企業を赤字から立て直すことは出来るのか。本稿ではその一説を紹介する。

※本稿は木村尚敬著『企業変革(CX)のリアル・ノウハウ』(PHPビジネス新書)からの抜粋です。

 

「カネが貸せねえとは、どういうことだ!」

「この役立たずが。いったい何年財務部長をやっているんだ」

辻正和はとっさに体を半身にして、右手で顔を防御する姿勢をとった。山陰パイプ二代目社長の二階堂総一郎が、机の灰皿に手を伸ばしたからだ。

しかし、二階堂は灰皿を手前に引きタバコの灰を落としただけだった。辻はホッとして右手を下ろすと、そこに火の点いたタバコが飛んできた。幸いタバコは命中せず、辻の足下に落ちる。

「拾えよ、バカヤロー」

辻はあわててタバコを手に取ると、二階堂の机に駆け寄り、机の灰皿に押しつけて火を消した。

「なんで消すんだよ、まだ吸えるだろ、バカヤロー」

「すみません」

辻は一歩下がって腰を90度に折る。

「二期連続利益が出てないだぁ。景気が悪いんだからしょうがねえだろ。長年つきあってやってるのに、カネ貸せねえとはどういう了見なんだ。ああ、辻」

「それが、新しい頭取になって経営方針が変わったから、これからはルールを厳格に守らせてもらうと。それで、コベナンツを出してきて、新規融資どころか来期も赤字なら貸付金の金利を引き上げる、場合によっては一括返済も辞さないと......あっ......」

今度は灰皿が飛んできて辻のおでこに命中する。

「辻さん、社長が怒るのも当然だと思わない? 太陽銀行とは先代からのつきあいじゃない。それがここにきて突然ルールだから厳しくするって、それはないわよ。それに、太陽銀行の須田はもともとあなたの部下だったんでしょ。だったらもう少し強気に出てもいいんじゃないの。ねえ」

二階堂の横から副社長の有野洋子が口を挟む。

「今からもう一度銀行に行ってこい。融資を引き出すまで帰ってくんな」

「は、はい」

辻は額を押さえながら社長室をあとにする。

 

地元の有名企業として

西日が差す公園で辻が一人、ブランコに腰を下ろしている。

二階堂の逆鱗に触れた辻は会社を飛び出すと、その足で太陽銀行を再訪し、山陰パイプの担当者であり、自分の元部下でもある須田仁と面会したが、結果は同じだった。それはそうだ。辻自身が銀行からの転籍組だけに、銀行の論理は痛いほどわかる。

追加融資が効果的な投資に回ればいいが、山陰パイプの予算配分は、常に社長の二階堂の気分次第。30年にわたって独裁体制を敷いてきた二階堂は、部下どころか銀行の助言すら聞く耳を持たない。

山陰パイプが本拠を置くのは、山陰地方の人口6万人ほどの小都市である。老舗企業ということもあり、地元ではそれなりの知名度を誇っている。少なくとも、駅前のタクシーで名前を挙げれば、「ああ、あそこね」という返事が返ってくる。

これまでは、地元を代表する企業ということで、銀行も大目に見てきたが、太陽銀行の新しい頭取は不良債権を許さないガチガチのタカ派。須田も、説得しようがないという。

新規融資が受けられなければ、ウチは資金繰りが極めて厳しくなる。貸付金利を引き上げられたら、財務状況はさらに悪化して、浮上の目はない。

そうなったら太陽銀行は融資を引き上げにかかるだろうし、ほかの金融機関も漏れなく右に倣えだ。

おそらく太陽銀行は、山陰パイプが自力で再浮上するのは困難だと見ている。須田は口にこそしなかったが、もしかしたら、すでに買い手探しに動いているのかもしれない。

しかし、いくら自分が事情を説明しても、二階堂は銀行が求めるような経営改革や体制変更は呑まないだろう。また怒鳴られるのが関の山だ。

ただ、須田は最後にこんなことも言っていた。

個人的にものすごく信頼できるコンサルタントを知っている。その人を紹介するので、力を借りて立て直しを図ったらどうか。

コンサルタントか......。

「辻さん。辻さんじゃないですか」

辻が顔を上げると、広場を横切って営業部長の東郷信吾が大股で近づいてくるのが見えた。営業一筋で東京、大阪の各支店長を歴任したエースであり、多少猪突猛進なところはあるが、誠実で明るい人柄で多くの社員から愛されている。

「やっぱりそうだ。公園突っ切って会社に戻ろうと思ったら、死にそうな顔でブランコに揺られているおじさんがいたんで、あんまりかかわり合いたくないなと思いながら近くまできたら、よく知ってる顔じゃないですか。何やってるんですか、こんなところで」

辻とは同じ50代前半で年も近く、気兼ねなく話せる間柄だ。それだけに物言いに遠慮がない。もっとも、50代にしては若々しい東郷と比べると、確かに自分は疲れたおじさんだ、と認めざるを得ない。

「いえ、私も会社に帰るところです。なんだか疲れてしまって......そうだ、東郷さん、コンサルタントってどう思いますか?」

「なんですか、藪から棒に。え、ひょっとして辻さん、コンサルタントに転職するとか」

「ま、まさか。実は......」

辻は東郷に、太陽銀行から融資を断られ社長の二階堂が激怒していることや、会社の財務状態がかなり悪いことなどをぽつりぽつりと伝えた。

「今回は銀行も強気なんです。会社ももたないかもしれません。......私はどうしたらいいのでしょう」

「そうですか。前期も赤字決算だとは聞いてましたけど、融資が下りないとなると厳しいですね」

東郷は腕を組むが、財務の当事者である辻とは立場が違うし、根が楽観的ということもあってか、それほど深刻そうには見えない。

「で、さっき言ってたコンサルタントというのは?」

東郷が思い出したように聞く。

「ああ、銀行の担当者が自力で再建するのは難しそうだから、腕利きのコンサルタントを紹介してくれるっていうんです。でも、私、コンサルタントってよく知らないんですよ。そうだ、東郷さん、一緒に会ってくれませんか。信用できるかどうか、東郷さんの意見も聞きたいし」

「いいですよ。コンサルタント、なんかカッコいいじゃないですか。おっと、もうこんな時間だ。これから会議なんで、続きは歩きながら話しませんか」

辻はいくぶんホッとした気持ちでブランコから立ち上がる。

すでに日は傾き、公園のスピーカーからは子どもたちの帰宅を促す『夕焼け小焼け』が流れ始めた。

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銀行からの最後通牒

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