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“読ませる文章を書ける人”が使う「つかみ」の手法3つ

杉山直隆(ライター/編集者)

2023年07月04日 公開

 

(1)最初の1文にインパクトがある

これは、そのままズバリで、最初の1文だけで読み手を惹きつけるパターンです。とくに小説やノンフィクションの名作を調べると、そんな「つかみ」がいくつも見つかります。いくつか例を挙げましょう。

吾輩は猫である。
『吾輩は猫である』夏目漱石/新潮社

メロスは激怒した。
『走れメロス』太宰治/新潮社

西の魔女が死んだ。
『西の魔女が死んだ』梨木香歩/新潮社

ある朝、眼を覚ました時、これはもうぐずぐずしてはいられない、と思ってしまったのだ。
『深夜特急』沢木耕太郎/新潮社

有名なものばかりですが、あらためてキャッチーな「つかみ」ですよね。1行読んだだけでも、「え、吾輩は猫!?」「メロスが激怒。何があったの?」「西の魔女? 誰? 死んだ!?」「ぐずぐずしてはいられないって、いったいどうしたんだろう?」と作品の世界に惹き込まれ、続きを読みたくなります。

 

(2)数行目にインパクトがある文章がくる

「数行目にインパクトがある文章がくる」パターンもよく見られます。たとえば、次の文章は、ジャーナリストの近藤紘一氏の名作ノンフィクション『サイゴンから来た妻と娘』の「つかみ」です。

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テレックス・センターを出て、ホテルの方に歩き出したとき、妙な爆音を耳にした。鈍く押さえつけたような音だった。

「エンジン・トラブルかな?」

足を停め、空を見上げたとたん、いきなり町中が対空砲火音に包まれた。

『サイゴンから来た妻と娘』近藤紘一/文藝春秋
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ベトナム戦争真っただなかの南ベトナム・サイゴン(現・ホーチミン)を、敵機が急襲するシーンです。冒頭の「妙な爆音」も十分に気になる「つかみ」ですが、4行目の「対空砲火音」で一気に緊迫感が増し、物語に惹き込まれていきます。

2020年に発刊されヒットした斎藤幸平氏の『人新世の「資本論」』の「つかみ」も、同じような構造です。

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温暖化対策として、あなたは、なにかしているだろうか。レジ袋削減のために、エコバッグを買った? ペットボトル入り飲料を買わないようにマイボトルを持ち歩いている? 車をハイブリッドカーにした?

はっきり言おう。その善意だけなら無意味に終わる。

『人新世の「資本論」』斎藤幸平/集英社
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「温暖化対策として〜ハイブリッドカーにした?」までの前ふりを、「その善意だけなら無意味に終わる」で落とすことで、インパクトを生み出しているわけですね。

歴史書としては異例の48万部以上を売り上げた呉座勇一氏の『応仁の乱』の「つかみ」もこのパターンです。

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応仁の乱を知らない人はまずいないだろう。小学校の社会科教科書にも登場する応仁の乱は、日本史上、最も有名な戦乱の1つである。

しかし、応仁の乱とはどのような戦乱か、と問われたら、かなりの人は答えに窮するのではないか。「人の世むなし応仁の乱」といった語呂合わせは覚えているかもしれない。

また「東軍の総大将が細川勝元で、西軍の総大将が山名宗全で...」ぐらいの説明はできるかもしれない。だが、それ以上となると、なかなか難しい。

結局、「この戦乱によって室町幕府は衰え、戦国時代が始まった」という決まり文句で片づけられてしまうのである。

人気もない。1994年、NHK大河ドラマで応仁の乱を題材にした『花の乱』が放送されたが、歴代の大河ドラマの中で最低の視聴率だった(ちなみに2012年に『平清盛』に記録を更新されるまでずっと最低)。ドラマとしては良くできていたので、何とも気の毒であった。

『応仁の乱』呉座勇一/中央公論新社
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最初の2行はそこまでインパクトのある「つかみ」ではありませんが、3行目の「応仁の乱とはどのような戦乱か〜答えに窮する」という文章で、「たしかに言われてみればそうだな」と興味を惹きます。

さらに9行目の「人気もない」というくだりが、「そんなに人気がないのか」「でも、なぜそんな題材を取り上げるのか?」とかえって興味をそそります。

 

(3)センテンス全体でインパクトを生み出している

「センテンス全体でインパクトを生み出している」パターンもあります。たとえば、2021年上半期の芥川賞候補になった小説家・くどうれいんさん。彼女のエッセイ「冬の夜のタクシー」の「つかみ」をご覧ください。

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ふられた。とても悔しい、大学4年の冬の夜だった。

ともだちが飲みに誘い出してくれて、普段そんなに飲まないふたりでワインを1本空けた。家の近くまで帰れる最終バスの時間はとっくに過ぎていた。雪と雨が交互に降って外はぐちゃぐちゃだ。仙台は除雪がへったくそだな。悪口ばかりが浮かんだ。

靴は既に濡れていて、濡れたところから靴ごと凍りそうなほど寒かった。歩いて40分の道はどう見ても除雪が最悪だったのに、お金がなかったのでタクシーにも乗れなかった。

金なし、才なし、恋、ちぇ、最低。自分のことがみじめで仕方がなかった。寒くて足の指先が固まったような感覚がした。なんどかんでも鼻水が止まらず、冷えた耳ももげそうだった。それでもむきになって歩いた。歩かないと帰れないし、みじめな自分にこの帰宅はお似合いだと思った。

「冬の夜のタクシー」(『うたうおばけ』収録)くどうれいん/書肆侃侃房
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1文ずつ見ていくと、特別インパクトのある文章ではありませんが、センテンス全体を見ると情景描写と心情描写がリズムよく絡み合い、「みじめな主人公」の姿がありありと浮かび上がってきて、続きが気になります。

大きく3つ「『つかみ』の最初の数行」のパターンを紹介しました。読み手は何行もガマンして読んではくれません。そのため、(2)や(3)のパターンでは、3〜5行目ぐらいまでには何かしら読み手の興味を惹く仕掛けをつくるのが理想的です。

 

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