【伊藤裕×やくみつる】からだを知る、感謝する、人生が変わる。
2012年07月18日 公開 2022年11月16日 更新
免疫に関する話題で、よく目にする“活性酸素”。酸素毒で細菌やウイルス、がんなどを退治してくれるため、免疫力につながるというのが。一方でこの活性酸素も多すぎると、体内に害をもたらしてしまう。
そのため、活性酸素とうまく付き合うことが、免疫力を高めるコツになると慶応義塾大学教授の伊藤裕先生は語る。そもそも活性酸素とはどうやって作られているのだろうか。詳しく紐解いていく。
※本稿は、伊藤裕、やくみつる 著『からだに、ありがとう』(PHPサイエンスワールド新書)より、内容を一部抜粋・編集したものです。
からだを守る武器。度を越すと悪さをする
【やく】免疫についてのお話の中で、活性酸素は細菌やウイルスを退治したり、がんをやっつけたりする武器として活躍する。しかし、活性酸素は、ときに健康を害することにつながり、上手に付き合っていくことが大事、ということを伺いました。
それにしても活性酸素というネーミングは、どうなんでしょうか? 活性というのは生き生きというプラスのイメージですし、酸素は我々にとってなくてはならないもの、ということで、よい言葉が2つ重なっています。
【先生】誤訳なんですわ。もとの言葉をそのまま訳すと「酸素の中で非常に反応性が高いもの」ということです。それを正確に伝えるなら、活性というよりもラディカル(激しい、過激)とするほうがいいでしょうね。
【やく】過激な酸素。
【先生】そうです。過激な酸素やから、その酸素毒で細菌やウイルス、がんなどを退治できるんです。しかし、酸素毒で健康を害する場合もある、というわけです。
免疫のしくみの項で、トレードオフ(あちら立てればこちらが立たず。功罪は相半ば)という話をしましたが、活性酸素も度を超すと悪さをする。ですから、うまく付き合う必要があるんです。ナマコを例にとりましょう。
【やく】ナマコ?
【先生】食べられるナマコは日本近海にいるマナマコという種類ですが、毒が一番少ないんです。中華料理では高級食材の仲間として煮て食べます。生で食べるのは日本人だけですが、なぜおいしいかというと、サポニンという毒をちょっとだけ持っているからなんです。
マナマコ以外のナマコは毒が多くて食べられません。活性酸素で言えば、マナマコくらいのレベルやったら有用ですが、毒が強い場合には老化を促進したり、がんの原因になったりするんです。
ミトコンドリアの「殊勝な」思い
【やく】ベタな質問ですが、そもそも活性酸素って、どうやって作られるんですか?
【先生】こういうことですわ。私たちが生きていくためには酸素が絶対に必要です。なんで酸素がいるのか?そのカギは細胞に住んでいる「ミトコンドリア」という器官が握っているんです。
「細胞内小器官」と呼ばれていますが、もともとミトコンドリアは別の生物(細菌)だったんですが、大変働きものだったんで、我々の祖先の細菌が取り込んだんです。
ミトコンドリアは車のエンジンにたとえることができます。食べることで、消化管で消化・吸収されたブドウ糖や脂肪を材料(車のガソリンにあたる)として、ミトコンドリアで私たちが生きるための馬力にあたるエネルギー(ATP[アデノシン三リン酸])が作られます。そこで効率よくたくさんのエネルギーを生み出すために、酸素(車のオイルにあたる)が欠かせへんのです。
ミトコンドリアの数が少なかったり、衰えたミトコンドリアが多かったりすると、使われずじまいの酸素ができてしまい、このはぐれ者が活性酸素となるんです。
ちなみに性能のよいミトコンドリアは「高性能ミトコンドリア」と呼ばれますが、馬力がよく出て、排気ガス(活性酸素)も少ない。
【やく】健康な状態でも、はぐれ者はできるのですか?
【先生】活性酸素がある程度できることは、いい面もあるのです。武器としても使えるわけですし。
【やく】はぐれ者がたくさんできてしまうとどうなるのですか?
【先生】活性酸素を消してしまう酵素(SODなど)の働きで水になってしまい、それで事なきを得るのです。ところが、SODの働きが悪くなったときや、SODでまかないきれんくらい活性酸素が多くなると十分に消せへんようになります。
【やく】武器として、活性酸素を作れという指令はどこが出すのですか?
【先生】活性酸素を作れという指令を出すことは、細胞のミトコンドリアが担っています。ミトコンドリアが元気なときは、活性酸素が増えたり減ったりすることをきちっと統制しています。
必要なだけ活性酸素が作られるようにしているんです。ミトコンドリアがへたってくると武器となる活性酸素も十分にでけへんようになる。そやから、へたったミトコンドリアが増えてくると感染を起こしやすくなるし、病気にもなりやすいんです。
それだけやなくて、へたったミトコンドリアは自分が今いる細胞を、なけなしの活性酸素で攻撃せよ、という指令を出して、死の道連れにしてしまうんです。
これは一見奇妙に見えるかもしれませんが、もう回復の見込みもないへたったミトコンドリアが住んでいる細胞がいつまでも生きてたら、からだ全体にとってかえってよくない。だから自分たちは、潔く自殺して若い細胞にあとを託そう、というミトコンドリアの「殊勝な」思いから起こることなんです。
細胞がミトコンドリアの死の道連れにされてしまう状態を、専門的にはアポトーシスといいます。道連れにされる細胞があまりにも多くなってしまうと、老化が進んでしまうんです。
【やく】鏡に自分の顔を映してみて、「あ、年をとってきたなあ」と思うときは、へたったミトコンドリアが多くなって、細胞を道連れにする活性酸素が増えている、と。
【先生】へたったミトコンドリアが住んでいる細胞をほおっておくと大変なことになるので、道連れにしないといけないんですが、一方で老化は進んでしまう。これも、やはりトレードオフです。
この人、からだの中に活性酸素がいっぱいやな、と一番はっきりわかるのはタバコを吸ってる人ですわ。特に女性のスモーカー。女の人は男性に比べて肌の変化がはっきり出てきやすいんです。
ホステスさんと同席したときなど、ようわかります。アルコールが好きな女性って、肌はそんなに汚くない。でもタバコを吸っている人は肌がとても汚い。活性酸素は全身の細胞を害しますが、皮膚もやられるためです。
そんな状態では、がんができても不思議ではないし、血管もボロボロになっているやろうなあと思います。ちなみにタバコを一服しただけで、10 の15乗(100万の10億倍)個もの活性酸素がからだの中に入ると言われてます。
【やく】タバコは活性酸素の毒を吸ってるようなものなんですね。
【先生】ですから、どんな健康法にも勝ることは、タバコをやめることですわ。
【やく】自分のからだに、へたったミトコンドリアが多いかどうかがわかる方法ってないでしょうか?
【先生】一番簡単にわかるのは、疲れやすいかどうかでしょうね。たとえば、瞬間的に筋肉を使う握力などは、年がいってもそんなに落ちひんのです。
ところが筋肉の持続力はてきめんに落ちてきます。持続力はミトコンドリアの数や性能のよいミトコンドリアがどれくらいあるかが決め手になるからです。だから、ミトコンドリアがへたってくると、疲れやすくなるんです。