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63歳で退職、“家族もやりたいこともあるのに孤立”する男性が逃げてきたこととは?

ロバート・ウォールディンガー(ハーバード大学医学大学院教授),マーク・シュルツ(ハーバード成人発達研究副責任者)

2023年12月30日 公開

63歳で退職、“家族もやりたいこともあるのに孤立”する男性が逃げてきたこととは?

あなたは、自分の人間関係をどこまで把握しているだろうか。仕事や生活に追われると、自分にとって本当に大切な人や会うべき人との関係が希薄になってしまいがちだ。

ハーバード大学の85年の研究が明らかにしたのは"幸せには人間関係が不可欠"ということ。ひとりの被験者のケースを見ながら、自分の人間関係をよく振り返ってはいかがだろうか。

※本稿は、ロバート・ウォールディンガー、マーク・シュルツ著『グッド・ライフ 幸せになるのに、遅すぎることはない』(&books/辰巳出版)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

ソーシャル・フィットネス(人間関係の健全度)は衰える

医学がかつてない進歩を遂げた現代社会だが、心身の健康にとってよくない習慣やライフスタイルが促進される面もある。一例を挙げれば、運動不足だ。

5万年前、川沿いの集落に住んでいたホモ・サピエンスは、生存のための日常活動だけで十分な量の運動ができた。だが現代では、非常に多くの人々が、身体をほとんど動かすことなく、食料や住まい、安全な生活を手に入れている。

これほど多くの活動が座ったままで行われる時代はなかったし、身体を使った仕事も同じ動作の繰り返しが多く、身体に悪影響を与える可能性がある。

こうした環境では、日常生活だけでは健康を維持できないため、メンテナンスする必要がある。デスクワーク中心の仕事や反復動作による仕事に就いている人が健康と体力を維持したいなら、意識して身体を動かす必要がある。

散歩やガーデニング、ヨガ、ランニング、ジム通いの時間をつくること。惰性に流されがちな現代生活を克服しなければならない。

同じことが、ソーシャル・フィットネス(人間関係の健全度)にも当てはまる。

現代では、人間関係を維持するのは簡単ではない。だが、友情や親密な関係を築いてしまった後は何もしなくても大丈夫だ、と私たちは考えがちだ。しかし、筋肉と同じで、何もしなければ人間関係も衰えていく。人間関係は生き物だ。だから、エクササイズが必要だ。

人間関係が身体に影響することは、科学実験の成果を精査しなくてもわかるはずだ。会話が弾み、相手が自分をしっかり理解してくれたと思えたときには身体に力がみなぎるし、誰かとけんかすれば身体が緊張して苦痛を感じるし、恋人とうまくいかないと眠れなくなる。

しかし、ソーシャル・フィットネスを高めるのは簡単ではない。体重計に乗ったり、鏡を見たり、血圧やコレステロール値を測ったりするのとは異なり、ソーシャル・フィットネスの測定には、普段よりも少々時間をかけた振り返りが必要になる。

慌ただしい現代生活から少し離れ、人間関係を振り返り、自分はどんなことに時間をかけているのだろうか、幸せをもたらすつながりを大切にしているだろうかと、率直に見直す必要がある。振り返るための時間をつくるのは難しいかもしれないし、ときには不快に感じるかもしれない。だが、計り知れないメリットをもたらす可能性がある。

自分を振り返り、人生がどのような状況にあるかを真剣に考えることが、幸せな人生を送るための第一歩になる。現在地を知れば、行きたい場所が浮かび上がってくる。

こうした振り返りを行うことの意味に疑問を感じる気持ちもわかる。本研究の被験者も、常に進んで質問票に答え、人生を広い視野でとらえるつもりだったわけではない。

被験者の一人、スターリング・エインズリーのケースを紹介しよう。

 

見えていなかった、自身の人間関係

スターリング・エインズリーの心は希望にあふれていた。企業で材料科学分野の研究職に就き、63歳で退職し、引退生活の見通しも明るかった。退職するとすぐに、やりたかったことを始めた。

不動産のコースを受講し、カセットテープ教材でイタリア語を勉強した。ビジネスのアイデアもあったので、ヒントを求めて起業雑誌も読み始めた。人生の試練を乗り越える秘訣を尋ねると、「人生に振り回されないようにすることです。うまくいったときのことを思い出し、前向きな態度でいること」と答えた。

1986年のこと、本研究の前責任者であるジョージ・ヴァイラントは長い旅に出た。ロッキー山脈を車で走り回り、コロラド州、ユタ州、アイダホ州、モンタナ州に住む被験者を訪問し、対面調査を行った。とくにスターリングは直近の質問票を返送してこなかったので、近況を確かめたかった。

二人はモンタナ州ビュートのホテルで落ち合い、スターリングの車に乗り、彼が対面調査の場所として指定したレストランに向かった(自宅では対面調査を受けたくないと希望した)。

ジョージがスターリングの車の助手席に座ってシートベルトを締めると、胸にほこりの筋ができた。「最後にこのシートベルトが使われたのはいつだろうか」とジョージは感想を書き留めている。

スターリングは1944年にハーバード大学を卒業した。第二次世界大戦中は海軍に所属、その後結婚してモンタナに移り住み、三人の子どもをもうけた。その後の40年間は、米国西部のさまざまな企業の金属製造部門で働いた。

当時64歳の彼は、自分のピックアップトラックで牽引できるトレーラーハウスをビュート近郊の15×30メートルの芝生の敷地に駐めて暮らしていた。敷地に芝生があるのが気に入っていた。草刈りがいい運動になるからだ。

庭も手入れしていて、かなり広い畑でイチゴと、本人いわく「見たこともないほど大きなエンドウ豆」を育てていた。トレーラーハウスに住んでいるのは、地代がわずか月35ドルだし、1つの場所に根を張るつもりはないからだった。

法的にはまだ結婚していたが、妻は150キロほど離れたボーズマンに住んでおり、寝室を別にして15年が経っていた。数ヵ月に一度、話をするだけの関係だ。

離婚しない理由は「子どもたちのため」。とはいえ、息子と娘二人は成人し、親にもなっている。スターリングは子どもたちを誇りに思っていて、息子や娘のことを話すときには顔を輝かせた。長女は額縁店を営み、息子は大工で、末娘はイタリアのナポリでオーケストラのチェロ奏者をしている。

スターリングにとって子どもたちは人生で何よりも大切だが、自分の心の中で彼らとの関係が良好ならそれでいいと思っているようで、直接会うことはめったにない。

「スターリングは物事を楽観的に考えることで、不安を払いのけ、人生の課題を避けているようだ」とジョージは書き留めた。どんな問題もポジティブに解釈し、頭から追い出してしまえば、問題なんてなくなるし、人生は順調で、幸せで、子どもたちも自分を必要としていない、と信じ込むことができた。

前年、末娘からイタリアに遊びに来ないかと誘われたが、行かなかった。「面倒をかけたくなくてね」とスターリングは言った。いつか娘を訪ねるときのためにイタリア語を独学してきたというのに。

息子は車で数時間しか離れていない場所に住んでいるが、1年以上会っていない。「会いには行かない。電話はする」と言う。

孫のことを尋ねると、「あまり交流はないんだ」と答えた。孫たちは彼がいなくても元気に暮らしている、と言う。

古い友人は?

「亡くなってしまった人が本当に多くてね。親しくしすぎるのは嫌いなんだ。別れがつらくなりすぎるからね」。東のほうに旧友が一人いるが、何年も話していない。

仕事仲間は?
「職場の友人は全員退職した。仲は良かったが、みな引っ越してしまってね」。

一時期は退役軍人クラブに参加し、地区の責任者も務めていたが、1968年に辞任した。「なかなか骨の折れる仕事でね」

最後にお姉さんと話をしたのはいつですか? 彼女の様子はどうですか? そう尋ねてみた。

スターリングは驚いて目を見開いた。「姉? ロザリーのこと?」

そう、彼が若い頃、研究チームによく話していた姉のことだ。スターリングはしばらく考えてから、最後に彼女と話してからもう20年は経っていると言った。怯えた表情が顔に浮かんでいた。「姉はまだ生きているのだろうか?」と彼は言った。

スターリングは自分の人間関係について考えないようにしていたし、あまり話そうともしなかった。よくあることだ。人は自分が何かをしたりしなかったりする理由が常にきちんとわかっているわけではないし、人生で出会った人との間に距離が生じる要因がわかっていないこともある。

そんなときには、ゆっくりと自分を振り返ってみるといい。言葉を求め、外に出たがっている欲求が心の中にあるかもしれない。自分では思いもよらなかった欲求、はっきりとつかめていなかった欲求が。

スターリングもそんな一例だったと思われる。夜の時間の過ごし方を尋ねると、近くのトレーラーハウスに住む87歳の女性と一緒にテレビを見ていると言う。

毎晩、彼女のトレーラーに歩いていき、テレビを見ながら話をする。彼女が眠りに落ちると、ベッドに入るのを手伝い、食事の後片付けをし、ブラインドを閉めて自分のトレーラーに戻る。スターリングにとって、彼女は親友のような存在だった。

「彼女が死んでしまったら、どうしていいかわからない」と彼は言った。

 

自分をとりまく人間関係をとらえるために

スターリング・エインズリーは、人間関係について考えないでいたいという気持ちが勝るあまり、自分のソーシャル・フィットネス(人間関係の健全度)はかなり良好だと思い込んでいた。

子どもたちとの関係は健全だし、めったに会わない妻と離婚をしないのも男らしいことだと考えていたし、自分のコミュニケーション能力――職場で身につけたスキルだ――を誇りに思ってさえいた。

しかし、人間関係についてじっくり振り返るよう求められると、心の底ではかなり孤独を感じていることや自分がどれほど孤立しているかをほとんど理解していないことが明らかになった。

では、何から始めたらいいのだろうか? 自分をとりまく人間関係をもっとしっかりとらえるには、どうしたらよいのだろうか?

シンプルに始めるのがいい。まず、自分の人生には誰がいるのか? を考えてみよう。

意外にも、わざわざ自分でこのことを考えようとする人はほとんどいない。人間関係の中心になっている10人を挙げるだけでも、いろんなことが明らかになる。

人間は社会的な生き物だ。つまり、生きるのに必要なものをすべて自分ひとりで手に入れることはできない。他者がいなければ、秘密を打ち明けることも、恋をすることも、教えを受けることもできないし、大きなソファを動かすことすら不可能だ。

人は交流し合い、助け合うために他者を必要とするし、他者とつながり、他者に支えを与えることで幸せを感じる。与え、与えられるプロセスが、有意義な人生の基礎になる。

自分の人間関係全体をどう感じているかは、他者から何を受け取り、他者に何を与えているかに直結している。晩年のスターリングもそうだったが、本研究の被験者が人間関係への不平や不満を口にする場合、ある種の支えの欠如が原因になっている場合が多い。

点検を行えば、少なくとも、人生でいちばん大切なものを思い出せる。このこと自体すばらしいことだ。本研究の被験者は、70代や80代になったとき、人生で最も大切なのは友人や家族との関係だと繰り返し述べていた。

スターリング・エインズリーもそう言っていた。彼は養母と姉を深く愛していた。だが、連絡を絶っていた。人生でいちばん大事な思い出は友人たちとの思い出だった。だが、彼らに連絡することはなかった。子どもたちのことを何よりも気にかけていた。だが、めったに会わなかった。

傍目には、スターリング自身、気にかけていないように見えたかもしれない。だが、実はそうではなかった。大切な人間関係について語るときにはかなり感情を高ぶらせていたし、特定の質問に答えたがらなかったのは、身内や友人と長年距離を置くうちに心の痛みが募っていた証拠だ。

スターリングは、人間関係をどうすべきか、愛する人たちのために何をすべきかについて、落ち着いてじっくり考えたことが一度もなかった。

古代の知恵――そして最新科学の研究成果――を受け入れるなら、人間関係は健康と幸福を維持するための最も価値の高いツールであり、だからこそ、人間関係に時間と労力を投資することが極めて重要だ。

ソーシャル・フィットネスへの投資は、現在の自分の人生への投資に留まらない。それは、私たちの未来の生き方のすべてに影響を与える投資だ。

 

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