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「やさしすぎる上司」が有望な若手を退職に追い込む

難波猛(マンパワーグループ株式会社シニアコンサルタント)

2024年06月11日 公開 2024年09月12日 更新

「やさしすぎる上司」が有望な若手を退職に追い込む

「若い社員に厳しく指導して、辞められると困る」「もっと部下に成長して欲しいが、パワハラのリスクもあり強く言えない」、若手社員の教育についてそんな悩みを抱えている方も多いと思います。若手社員に嫌われず、成長を促すには、どのようなコミュニケーションを取るのがよいのでしょうか?

マンパワーグループ株式会社のシニアコンサルタントで、管理職研修・キャリア開発のエキスパートである難波猛氏に話を聞きました。

※本稿は、難波猛著『ネガティブフィードバック 「言いにくいこと」を相手にきちんと伝える技術』(アスコム)より、内容を一部抜粋・編集したものです。

 

部下にやさしいだけの上司が急増中

「上司が部下に厳しいことを言えるようにしていただけませんか?」
「うちの社員に、厳しいことを言ってもらえませんか?」
という相談が、人事コンサルタントをしている中で急増しています。

以前は、
「上司が部下に厳しく言い過ぎないように」
「うちの社員のやる気をあげてもらえませんか?」
という相談が多かったので、真逆の依頼です。

昔は、多くの職場で「熱すぎる上司(行き過ぎるとパワハラ上司)」が多かったですが、現在はパワハラ防止や離職防止などを気にして「優しすぎる上司(行き過ぎると何も言えない上司)」が増えていて、企業の経営者や人事は問題意識を持っているケースが相談に繋がっています。

厳しいこととは、部下にとっては耳の痛い話であり、いくら上司の言葉とはいえ「はい、わかりました」とは簡単に受け止められないことも多いです。

下記は、クライアントから相談を受ける具体的な耳が痛い話です。

「会社が期待している成果と、本人の出している成果に大きな開きがあることを認識してもらいたい」
「会社の方向性に基づいた能力を獲得していかないと、組織の中で活躍できる場所がなくなることを伝えないといけない」

部下としては聞かずに済むなら聞きたくない話でしょう。上司としても、言わなくて済むなら言いたくないのが正直なところでしょう。

この「部下は聞きたくない、上司は言いたくない」葛藤状態を解決し、「上司が部下に厳しいことを伝える」「部下も上司と納得できるまで話し合う」双方向のコミュニケーションが、ネガティブフィードバックです。

上司が単に厳しいことを言うだけでは、部下側の反発を呼びパワハラやメンタルダウンなどのトラブルの原因になりかねません。また、部下側も納得していない上司の叱責を適当にやり過ごすだけでは、自身の成長も阻害され、組織内でのキャリアにマイナスの影響が出てしまいます。

 

部下が「変わりたい」と思う過程を読み解く

人が変化を受容するまでに4つ(否定・抵抗・探求・決意)の心理的フェーズがあります。特に最初の段階で、部下が上司から言われたことに対し、否定的な態度を取ったり、簡単に承服せずに抵抗の姿勢を見せたりする場合があります。この「否定」と「抵抗」のフェーズをいかに乗り越えられるかが重要です。

1つめのステップは、「否定フェーズ」。

厳しいことを伝えられ、「予期せぬ変化」や「望まない変化」を求められて、いきなり「心を入れ替えて頑張ろう」「はい、わかりました。私は変わります」と、すぐに受け入れられる人は稀で、「自分には関係ない」「自分は変わる必要がない」という否定的な反応がふつうです。

上司としては勇気を出してメッセージを伝えた結果、部下の反発や不機嫌な様子を見ると不安になると思いますが、逆に、そうした反応を示してくれたほうが、「上司のメッセージが相手に伝わった」と思うようにしましょう。

2つめのステップは、「抵抗フェーズ」。

自分の置かれている状況や変わらなければいけない現実を突きつけられた部下は、理論的には理解しても感情的には納得していません。

特に、「自分はできている」「このやり方でやってきてうまくいっている」など、自分を過大評価している人は、会社の期待に応えられていない現実を目の前にしても、「自分の責任ではない」「自分は被害者だ」「上司が間違っている」と他責的な考え方になります。

抵抗フェーズに入ったら、上司は部下の声(意見・不満・怒り・不安)にとことん耳を傾ける傾聴の姿勢が重要です。

上司が真摯に話を聴いてくれたことでネガティブな感情が落ち着き、上司に対する信頼感が高まると、「恩を受けたら相手にも返したくなる」という心理効果(「返報性の原理」)が働き、ようやく「では、これから自分はどうすればよいのか」と「予期せぬ変化」や「望まない変化」を受け入れる心理になります。

「否定」と「抵抗」を乗り越えられると、部下に変わりたいという意思が芽生えるため、その後の具体的な方法を考える「探求」フェーズ、変わるための方法を実践していく「決意」フェーズへ前向きに移行できるようになります。

 

ネガティブフィードバックが今なぜ必要なのか?

なぜ、あえて耳が痛いフィードバックを行う必要があるのか。その価値は、大きく4つあると考えられます。

1つめは、「組織のため」です。

会社などの組織は、変化し続ける社会や顧客に対して価値を提供できる集団であり続けなければ、存続することはできません。そのためには、全社員に会社の期待を上回る行動や貢献、絶え間ない変化と成長が求められます。他の社員の頑張りや過去の財産で現状はカバーできていたとしても、期待を下回る状況を放置していると、やがて組織運営の障害になることがあります。

2つめは、「部下本人のため」です。

人は一般的に、周囲評価より自己評価の方が高い傾向があり、気づかなければ、変わることもできません。なかには、応えられていないことに薄々気づきながらも、上司に「それはダメですよ」と言われないことで「何も言ってこないから、これでいいんだ」と解釈して、同じことをくり返している人もいます。

ギャップが生じている場合はフィードバックをしてあげないと、部下の気づきの機会、そして成長の機会を奪うことになります。

3つめは、「周りのため」です。

厳しいことを伝える姿勢を上司が示さないままでいると、組織のモラルや士気を低下させることにつながり、若手社員がどんどんやる気を失って、最終的には会社を辞める原因にもなります。特に、将来有望な自律的な若手ほど「この会社にいても成長できない」「目指したい先輩がいない」と感じると退職を選択する可能性が高くなります。

4つめは、「上司自身のため」です。

「言いたいこと」「言ってあげたほうがよいこと」を言わずに我慢すると、上司自身のストレスになります。また、部下に厳しいことを伝えることは、「部下に求めていることを自分はできているか」「部下が素直に聴いてくれる関係性を構築できているか」など、上司自身の振り返りや成長にもつながります。

相手に厳しいフィードバックをするということは、我が身にブーメランがはね返ってくる可能性があるからです。勇気がいる行為ですが、その先に上司自身と部下の成長が待っています。

 

「こうしていこう」という姿勢がネガティブをポジティブに変える

ネガティブフィードバックは、「フィードバック」という言葉からわかるように、過去に起こった事象(事実)についてのコミュニケーションです。しかし、見ている先は過去ではなく未来であり、将来の良い状態に向けてギャップを埋めていくことが目的になります。

ネガティブフィードバックは、過去への「ダメ出し」ではなく、未来へ向けて「変わっていく」ための支援が目的です。

ギャップがあるのは事実ですから、そこから目をそらさないという意味でネガティブなことも言いますが、あくまで未来を切り開くための現状把握と共通認識です。「将来に向けてこのギャップを埋めていこう」ということを、上司と部下でお互いに確認する作業です。

そして、部下の未来も、会社の未来も明るくなるために話し合います。上司の憂さを晴らすためでも、会社が都合よく部下を追い込むための手練手管でもありません。

 

まずはSNS感覚でほめる練習を

ネガティブフィードバックの効果を高めるのが、日常のポジティブなフィードバックです。ポジティブフィードバックとは、「ほめる」「認める」「注目する」「感謝する」などですが、わざわざ面談の時間をとる必要はありません。

仕事をしているときや仕事が終わったときに、「今回の企画書、よく整理されていてわかりやすいね」「昨日は急な対応ありがとう」「さっきのミーティングでのあの質問は良かったね」などと、上司から見て、いいなと思ったことに「良かったです」「感謝しています」と声をかけるだけでいいのです。イメージとしては、部下の言動について「イイね」ボタンを押すイメージです。

それだけで、自分の行動により承認欲求と帰属欲求が満たされた部下は、心が前向きになり、その行動をくり返したくなります。行動の強化だけでなく、上司に対する親近感や信頼感も増すことになります。

私は、フィードバックの割合は、ポジティブ4以上、ネガティブ1以下の割合を意識してください、とお伝えしています。4:1は、1回の面談のなかでの割合ではなく、日常のコミュニケーションも含めた全体での割合です。

ちなみに1回の面談で「1個指摘して他4個ほめる」というハイブリッドをすると、「結局、この面談で何が言いたかったのか?」「私はほめられたのか? 叱られたのか?」と論点がブレて効果が低くなります。また、わざわざ指摘する必要がない部下へ「4回ほめたから1回は指摘しないと」と義務的にやるものでもありません。

気になったときやミスしたときだけ指摘するのではなく、上司はもっと、「あなたのことを気にしていますよ」「あなたのことを応援していますよ」「あなたの行動は良かったですよ」というポジティブ(肯定的)なメッセージを部下に送り続けるコミュニケーションが重要です。

 

著者紹介

難波猛(なんば・たけし)

マンパワーグループ株式会社シニアコンサルタント

プロティアン・キャリア協会認定アンバサダー/人事実践科学会議事務局長/日本心理的資本協会理事/NPO法人CRファクトリー特別アドバイザー
1974年生まれ。早稲田大学卒業、出版社、求人広告代理店を経て2007年より現職。研修講師、コンサルタントとして3,000名以上のキャリア開発施策、2,000名以上の管理者トレーニング、100社以上の人員施策プロジェクトにおけるコンサルティング・研修等を担当。セミナー講師、大学講師、官公庁事業におけるプロジェクト責任者も歴任。

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