「緊張しなくなったら、キャスターは辞め時」
NHKキャスター時代、アナウンサーの先輩からいただいた言葉です。現在でも私がメディア出演や講演で人前に立ち続けられているのは、この一言から勇気をもらっているからだと言っても過言ではありません。
人前で話すときは、誰でも緊張します。それは伝えることを生業とするプロであっても同じです。
反対に、まったく緊張しなくなったら要注意。緊張とは、自分が真摯に伝えようとしていることの表れでもあるからです。人前に立ち伝えることに慣れてしまって、惰性で伝えていないか。冒頭の言葉は、そのことを戒めてくれた先輩の教えです。
あなたがもし緊張することに悩んでいるとしたら、緊張を悪いこととして避けなくてもよいのです。「緊張するのは良いこと」「相手にしっかりと伝えようとしている証」と捉えましょう。
世界のトップリーダーも同じように、緊張する自分を認めながら練習に練習を重ねて人前に立っています。緊張と共存することで「緊張感ある」トップリーダーらしい凛としたオーラを醸かもしだすことができるのです。
トップリーダーだって、プロだって緊張する。しかし、彼らはそうは見えません。なぜでしょうか。
※本記事は矢野香著『世界のトップリーダーが話す1分前までに行っていること』(PHP研究所)の内容を一部抜粋・再編集したものです。
立て直し方さえ知っていれば万事解決
プロとアマチュアの違いは何か。それは緊張するかしないかではありません。
緊張した後で、立て直せるかどうかです。緊張していないように見えるのは、その後の立て直し方を知っているからなのです。
どんなに練習をしても、どんなに準備をしても、実際に人前に立つと何が起こるかわからないのが怖いところ。緊張の原因となりそうなことは起こる、と諦めてください。想定外は起きて当然。起こらなかった方がラッキーというように、発想の転換をしましょう。
● 頭が真っ白になって話す内容を忘れてしまった
● 話している途中で自分でも何を話しているかわからなくなり収拾がつかなくなった
● 人の名前や商品名など大事な固有名詞を言い間違えた
● 資料に間違いがあった
● 資料の数が足りない
● スライドが投影されない
● 動画が再生できない
● 見えるはずのノート機能が使えず原稿が読めない
● 事前に聞いていた年代と違う人たちが聞き手として集まっている
などなど想像するだけでも冷や汗が出そうなアクシデントですね。しかし立て直し方さえ知っていれば、想定外の出来事に怯える必要はありません。
ここで、いくつかご紹介します。
「伝わる人」になれる発表の立て直し方4つ
①緊張緩和の応急処置「痛点刺激」
緊張を痛みで上書きして消す方法です。いま感じている緊張感を別の刺激で上書きするのです。
話している途中で緊張して冷や汗が出たり、心臓がバクバクしていることを自覚したりしたタイミングで、自分で自分に痛みを与える動作を行います。例えば、自分で自分の足を踏む、両手をあわせてパンと叩く、太ももを手で叩くなどです。すると、緊張感が痛みによって上書きされ、いったんリセットされます。
②別の動作を挟む
立て直しをする際、取り入れやすい方法が別の動作を挟むというものです。
緊張を自覚したら、持っているマイクを逆の手に持ちかえる(この方法を取り入れるためにもマイクはピンマイクではなくハンドマイクがお勧め)。ポインターやペンなど手に持っているものであればなんでもOK。その他、手元の資料や本をトントンと音を立てて重ねて置きなおす。用意していた水を飲むのもよいでしょう。本番中に水を飲む行為は失礼にあたりません。どんなに高級な水差しに入っていたとしても飾りではないのです。
この方法は、素晴らしいおまけがついてきます。
それは「間」。持っている物を逆の手に持ち直すなど別の動作をするときには、黙って行います。そうするとそこに間が生まれます。緊張を感じさせない堂々とした話し方をする人の特徴は、間を取りながら話すことです。
自分では緊張緩和のために行っている動作が、相手には堂々とした話し方に見えるなんて、なんてお得な方法なのでしょう! ぜひお試しください。
③実況中継
● スライド資料が固まってしまって先に進まない
● 流れるはずの動画から音声が聞こえない
● オンラインのプレゼンで画面共有ができない
このように想定していたことがうまくいっていないと、緊張して手に汗をかいてしまいます。そんなときは慌てず騒がす、実況中継。今この瞬間、自らに起きている状況を言葉にします。
「次のスライドに行きたいのですが......おかしいですね。固まってしまって動きません」
「こちらの動画に音声が入っているはずなのですが聞こえませんね。再度やり直してみますのでお待ちください」
「いま画面共有で資料をお示ししようとしているのですが、うまくいきませんね。スライド資料が見えますか?」
取り繕ってこっそり修正しようとするのではなく、自分が今何に困っているかを実況中継しましょう。
ここで注意したいのは、「謝らない」ことです。
「すみません。人前で話すのは慣れていなくて......」
「さきほど試したときにはうまくいったのですが......。申し訳ありません」
「すみません」、「申し訳ありません」と、焦りながらぺこぺこと頭を下げる姿を見たら聞き手はどう思うでしょうか。「この人、大丈夫?」「頼りないなぁ」と不安を感じるでしょう。
段取り通りに行かなくても焦る必要はありません。その段取りを知っているのはあなただけ、もしくは一緒にやってきたチームメンバーだけなのです。そのくらいの図太い心構えでいましょう。開き直ってしまえば、謝罪の言葉は出てこなくなります。
④自己開示
緊張しすぎて本章でご紹介した緊張対策の言葉さえも思い出せない。そんな極限状態に陥ったら最後の手段。「緊張しています」と正直に言いましょう。「自己開示」です。
聞いている相手も、同じような状況で緊張してしまった経験が多かれ少なかれあるはずです。正直に白状するあなたを笑ったり馬鹿にしたりする人はいません。温かく応援してくれるはずです。
このときのコツは、「実は」をつけて告白すること。
「実は、人前で話すのは苦手なんです」
「実は、この内容を話すのは今回が初めてなんです」
トップリーダーが、あえて弱みを自己開示するときの公式です。
「実は○○なのです」+「しかし、○○をするためにお話ししたいのです」
この組み合わせを語ることで、相手はあなたの応援者となることでしょう。
このほかにも、本書では計8つの対処方法をご紹介しています。
最後に大切なことをお伝えします。そもそも、なぜ緊張するのでしょうか。
緊張するのは、意識のベクトルが自分に向かっているからです。
「こんなに大勢から見られると緊張する」「失敗したら笑われそう......」など「〜される」という受け身の状態です。そうではなく、「〜させる」くらいの気持ちで積極的に自分から攻めていきましょう。緊張を感じたら、自分がいま人前に立っている目的を今一度思い出しましょう。
話し手に「このためにいま自分は伝えているんだ」「聞き手に〜させるんだ」という能動的な姿勢がなければ、たとえセルフ・パペットをうまく操ったところですべて演技でしかありません。
目的を思い出すことで、伝えたいメッセージは内面から湧いてきます。それが聞き手には話し手の情熱として届き、相手を動かすことができるのです。能動的な意識で人前に立ちましょう。そうすることで緊張はいつの間にか消え、「伝わる人」になることができるはずです。